2011年10月27日木曜日

福祉サービス第三者評価の課題

福祉サービスの質の向上にむけて―特別養護老人ホームの取り組みを中心に―

はじめに

社会福祉基礎構造改革により、措置から契約へと社会福祉の制度枠組みが転換した。介護サービスの提供が市町村から市場に委ねられることになった。もちろん、介護サービスの市場は、契約といっても自由な取引を認めるものではない。国や地方自治体の関与のもとで、介護サービスの市場が維持されている。政府により管理されているにせよ、市場メカニズムを取り入れることにより、利用者がよりよいサービスを選択し、これによりサービス事業者を競争させ、結果として質の高いサービスをより効率的に提供できると考えられた。平成十四年八月に内閣府国民生活局物価政策課より発表された報告書「介護サービス市場の一層の効率化のために」においても、民間企業を中心とする新規参入などにみられるように、競争によりサービスの質が向上したと認めていた 。


しかし、平成十九年に起きたコムスン事件を見る限りでは、競争がサービスの質を向上させることについては、疑わしいように思われる 。実際、競争によるシェア確保、利益重視が優先されると、組織として、優れた人材の確保・定着させること、さらにはサービスの質の向上につなげていくことはきわめて難しいことが明らかになったといえる。言換えると、コムスン事件が問うていることは、民間事業者による不正請求の事案のみならず、民間参入を促進するだけでは、必ずしも競争によりサービスの質が向上するとはいえないことである。コムスン事件を契機に失墜した信頼を回復するためにも、法令遵守のための業務管理体制の確立はもとより、福祉サービス第三者評価制度など、政府の積極的な関与により、サービスの質を向上させる仕組みが重要であることを示唆するものといえる。本稿では、こうした問題意識から、介護サービスの向上にむけた福祉サービス第三者評価の現状と課題について考えてみたい。


1 サービスの質の向上の取り組み

 
措置制度の時代では、最低基準を定め監査という手法で行政システムのなかで介護サービスの質をコントロールしてきた。施設の設置者に対し、厚生大臣が定める特別養護老人ホームの運営基準を遵守することを義務づけ、都道府県知事に報告の徴収および立ち入り調査の権限を与えた。改善命令に従わなければ、事業の停止および認可の取り消しができた。


介護保険法のもとでは、従来からの行政による監査・監督の手法に加え、経営情報の開示、第三者によるサービス評価、苦情解決、介護相談員派遣事業といった新たな制度が組み込まれた。2005年法改正から、介護サービス情報の公開も義務付けられている。また、介護報酬の見直しによって、事業者に対しサービスの充実に取り組むようにインセンティブを与え、誘導する手法もとられてきた。


さらには、ケアマネジメントの手法が義務付けられ、身体拘束も禁止された。介護事故回避のためのリスクマネジメントについても指針も公表された。2009年からは、法令遵守に向けた業務管理体制の確立も義務付けられている。


こうした制度の見直しは行なわれたが、はたして事業者により提供されるサービスの質はどこまで向上したのであろうか。措置の時代と比較して、どこまでサービスの質が改善されたかについては、必ずしも実証的かつ科学的に証明できる資料は持ち合わせていない 。しかし、サービス評価や苦情解決、リスクマネジメントなどの研究などから施設の実態に関わる中で、特別養護老人ホームにおいては、介護サービスの質の向上の取り組みについて、二極分化が進んでいると感じている 。


将来競争優位に立つため、サービス・マネジメントの手法をもちいて、介護サービスの質の向上に積極的に取り組んでいる施設も存在する。しかし、様々な仕組みが入ってきても、あいかわらず措置の時代と同じような方法・水準でサービスを提供している施設もある。こうした施設でも、最低基準を遵守しているので、指定の取り消しや認可の取り消しには至らない。市場原理がサービスの質の向上のために機能しない事例が少なからず存在している。


社会福祉基礎構造改革においては、施設自身による継続的な質の確保の取り組みに期待したが、必ずしも十分な効果をあげることに成功していない。これを施設経営者のモラルの問題を考えることもできようが、制度構造自体にも幾つかの要因が存在する 。


ひとつは、会計基準の変更があげられる。新しい会計基準では、介護報酬の使途が自由化され、経営努力により黒字となれば、経営成果すなわち事業上の利益として認められるようになった。措置の時代には、収支均衡が原則であり、繰越金に対しても限度額が設定されていたことからすると、経営者の裁量が拡大した。効率的な運営により、得られた利益をサービスの質の向上の取り組みに充当したならば、施設自身による継続的に質の確保の取り組みが可能となるはずであった。しかし、施設経営は、人件費を中心に経費削減には成功したものの、サービスの質の向上を棚上げしたように思われる。


介護保険経営実態調査をもとに、特養などの施設経営が黒字となっていることを踏まえて、介護報酬は、改訂のたびに引き下げられてきた。2009年の改訂により、職員の処遇改善の必要から介護報酬が引き上げられたものの、増えた収入の一部がサービスの質の向上に当てられるかは、経営者の裁量に委ねられている。


もうひとつの要因は、市場機能に委ねるだけでは、サービスの質を引き上げるインセンティブが働かないことがあげられる。特別養護老人ホームの整備数は限られており、介護の市場は、いまだ需要過剰の状態にある。利用料が安いこともあって、いまだ入居を希望する者は数多い。また、施設のサービスの質に不満があっても、退去しようと者はごくまれである。経営者からみると、サービスの質を向上しなくても、施設の存続が危うくなる状況にはない。逆に、利益を削ってサービスの質を向上しても、地域で一番信頼できるとの評価を得られようが、定員がある限り、収入の飛躍的なアップにはつながらない。


認知症対応型共同介護や有料老人ホームなどの特定施設入居者生活介護、小規模多機能居宅介護が増えているが、利用料の違いもあって、特別養護老人ホームの経営に脅威となる状況ではない。特別養護老人ホームに利用者・家族の需要が集中しなくなり、サービスの質の悪い施設においては、定員割れもありうることが明確になれば、第三者評価の仕組みや苦情解決はもちろん、サービス全体の継続的な改善・見直しなど、サービスの質の向上に取り組む施設が増えることであろうが、当面こうした状況は期待できない。


2 福祉サービス第三者評価について

福祉サービスの質の向上のために第三者評価の仕組みが導入されているが、必ずしも十分に普及・定着しているとはいいがたい。ここでも、積極的に受審に動いた施設と、様子見を決め込んでいる施設とに二分される。しかしながら、後者の全ての施設が、サービスの質の向上について、関心がないわけではない。サービスの質の向上の必要性を認めながらも受審を躊躇っている施設にターゲットに受審拡大を図るためには、制度上何が課題であるのか検討したい。


① 福祉サービス第三者評価事業の経緯
 
福祉サービスの質の向上の取り組みは、利用者本位の福祉サービス利用制度への転換を行うために、重要な改革のテーマのひとつにあげられた 。中央社会福祉審議会が、1998年に、「社会福祉基礎構造改革について(中間まとめ)」を明らかにしたが、「サービス内容の評価は、サービス提供者が自らの問題点を具体的に把握し、改善を図るための重要な手段となる。こうした評価は、利用者の意見も採り入れた形で客観的に行われることが重要であり、このため、専門的な第三者機関において行われることを推進する必要がある」とされた。この中間まとめを受け、福祉サービスの質に関する検討会が、「福祉サービスの質の向上に関する基本方針」を公表し、福祉サービス第三者評価の基本的な枠組みを検討した。検討内容は、「福祉サービスにおける第三者評価事業に関する報告書」としてとりまとめられ、国は、社会福祉法第78条にもとづき、福祉サービスの質の公正かつ適切な評価の実施に資するための措置として、「福祉サービスの第三者評価事業の実施要綱について(指針)」を通知として公表した。


 「福祉サービスにおける第三者評価事業に関する報告書」では、福祉サービスにおける第三者評価事業を導入するに当たって、基本となるべき評価基準として、福祉サービス全般(全ての入所・通所施設及び在宅サービス)を対象とした基準を策定したが、個別のサービス分野ごとの基準については、厚生労働省の各部局において、本基準並びに各サービスの特性を踏まえて策定されることを期待するものした。そこで、保育所・児童の分野、障害者の分野、介護の分野、担当部局ごとに、福祉サービス第三者事業を検討、実施し始めた。たとえば、介護サービスについては、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)は都道府県が定める基準にもとづいてサービスの自己評価を行い、外部評価を受けることが義務付けられた。また、介護サービス事業者に対し介護サービスの情報公開を義務付けることを検討していた。


さらには、地方自治体やNPOも、個別に自ら基準や仕組みを構想し、第三者評価の事業を展開し始めた。東京都と大阪府の実施体制や評価方法が大きく異なるなど、地方自治体ごとに、評価基準および評価の仕組みには、かなりの違いがみられた。また、北九州市なども、条例にもとづき自治体が評価機関を設置し、自ら定めた評価基準にもとづいて第三者評価を始めた。こうした実施状況を受けて、あらためて全国的に共通した福祉サービス第三者評価事業の基準や評価の仕組が必要とされた 。2003年、全国社会福祉協議会は、厚生労働省から補助を受けて、「第三者評価基準及び評価機関の認証のあり方に関する研究会」を組織し、評価機関の認証のあり方、評価基準の見直しの検討を行い、「福祉サービス第三者評価事業に関する指針について」をとりまとめた。厚生労働省は、第三者事業の普及・定着のために2004年「福祉サービス第三者評価事業に関する指針」を公表した。この指針にもとづいて、都道府県ごとに推進組織を設置し、評価機関を認証、所定の評価基準にもとづき評価機関が行った評価結果を公表する現在の仕組みがつくられている。


2009年には、福祉サービス評価事業ガイドラインを一部改正した。まず、都道府県推進組織ガイドラインについて、①都道府県の関与を努力義務化する②第三者評価の客観性を担保するため「第三者評価機関は、自ら直接経営する事業所」についても評価できない旨明記③評価決定委員会の設置を規程④利用者調査を努力義務として定めた。評価機関認証ガイドラインについては、①評価調査者養成研修に修了要件を追加②第三者評価機関認証の有効期間の新設③第三者評価機関からの認証辞退の取り扱いについて定めた。福祉サービス第三者評価基準ガイドラインおよび福祉サービス評価結果の公表ガイドラインについても、若干の見直しを行なった。


② 福祉サービス第三者評価事業の仕組み

福祉サービス第三者評価事業の目的は、事業所によるサービスの質の向上に向けた取り組みを支援することにある。社会福祉事業の経営者には、自ら提供するサービスの質の評価を行うことその他の措置を講ずることにより、利用者の立場にたって、良質かつ適切なサービス提供の義務がある。第三者評価を受けることにより、事業運営やサービスの内容に具体的な問題や課題を発見・改善し、サービスの質の向上につなげることができる。また、評価の結果は、事業者の同意により都道府県の推進組織から公表される。こうした情報は、地域の利用者や家族などにとって、サービス選択に役立つ情報となる。


福祉サービス第三者評価事業が、事業者はもとより、地域住民からも信頼され普及・定着する体制づくりのために、都道府県ごとに推進組織が設置されている。都道府県が自ら推進組織となる場合が比較的多いが、都道府県社会福祉協議会、公益法人、任意団体も推進組織となっている。


事業者は、推進組織から認証を受けた評価機関のなかから受審する評価機関を選び、評価の申し込みを行い、契約にもとづき評価を受ける。福祉サービス第三者評価の受審は、あくまで任意であり、義務付けられているわけではない。なお、受審は有料であり、事業者が費用を負担する。受審を奨励するために、受審する事業者に対し費用の一部を補助する地方自治体もある。


評価基準は、いずれの施設にも共通する①福祉サービスの基本方針と組織②組織の運営管理③適切な福祉サービスの実施に関する55項目からなる。児童福祉施設、障害福祉施設においては、サービス内容に関する追加基準が設けられている。利用者に対するアンケートも実施される。


受審する事業所は、事前に自己評価を行い、その結果を必要書類とともに評価機関に送付する。評価調査者は、こうした資料を事前に把握し、評価項目ごとにポイントを整理するなど、事前に分析しておく必要がある。評価調査者2名以上で、訪問調査を行う。事業所においては、評価調査者は、評価項目にしたがいながら、事業者に対する聞き取り、書類の確認、事業所内の見学、必要に応じて利用者からの意見聴取を行う 。


こうした評価結果をとりまとめ、事業所から公表の同意をとりつけ、評価結果の公表となる。公表されるべき内容は、福祉サービス第三者評価結果の公表ガイドラインによると、①第三者評価機関名②事業者情報③総評④事業者コメント⑤評価基準ごとの評価結果となっている。なお、都道府県によって、公表の様式にも若干の違いがみられる。


評価機関は、法人格をもっていることが必要である。したがって、法人の形態も多様であり、社会福祉協議会、公益法人、NPO、株式会社などが、こうした認証を受けて、評価機関となることが可能である。たとえば、東京都は、平成20年度4月現在、122の評価機関が認証を受けている。団体の性格も、株式会社やNPOなど様々である。認証の要件には、評価調査者や諸規程の整備、苦情解決の体制、第三者評価基準の遵守などがあり、福祉サービス第三者評価機関認証ガイドラインに定められている。全国規模の組織であっても、都道府県ごとに認証を受ける必要がある。



③ 介護サービスの基準と質

 
介護サービスの質を評価する視点としては、(1)構造(2)プロセス(3)結果という三つの視点から考えることができる。これらは、いずれも介護サービスの質の向上と関わっている。さらには、報酬単価や人材の質もサービスの質の向上のための主要なファクターであることはいうまでもない。


第一の構造については、サービスの質に関わる基準として、監査により質をコントロールする仕組みがあげられる。ここでの基準としては、すべての施設や事業に対し遵守を義務付ける運営基準、指定基準があげられる。その内容は、設備や職員配置などについての基準と契約内容の説明同意、ケアプランの作成、苦情解決制度などのプロセスに関する基準が含まれている。サービスの質の確保について、事業者に義務付ける部分が最低基準として法定され、監査によりサービスの水準を担保している。監査によって、基準違反が、確認されたならば、改善命令や指定の取消などの行政処分の対象となる。しかし、鑑査のシステムでは、事業者が法律上の最低基準を守っている限り、サービスの内容が劣っているとしても、サービスの内容の見直しを求めることはできない。実際には、最低基準や指定基準を守っている施設においても、サービスの質に優劣が存在する。


最低基準においては、施設設備・人員配置などの外形的な基準が大部分であり、サービス内容についての基準は十分に定められていなかった。同一の最低基準や報酬単価のもとでも、事業者の経営努力により、サービスの質が向上する余地がある。サービス評価の仕組みは、サービスの内容についての評価基準を定めて、事業者をよりよいサービス水準に誘導することがねらいである。つまり、事業者による任意の経営努力に委ね、サービスの水準の向上を求めるものといえる。したがって、評価結果は、サービスの質の向上について、経営者の任意の経営努力を評価するものである。


第二のプロセスに対する評価としては、福祉サービス第三者評価の仕組みがある。第三者評価の基準は、サービスの質を評価するものであるが、監査との棲み分けを意識し、サービス提供のプロセスを重視したものとなっている。なかでも、各施設におけるサービスのプロセスを標準化することが評価対象に入っているのが特徴である 。さらには、サービス提供の理念や管理者のリーダーシップ、人事管理や人材育成についても、評価基準が設けられている。質の高いサービスを提供するためには、事業者の運営体制はかくあるべきという考えから、これら基準が加えられている。このため、共通部分は、サービス・マネジメント体制の確立に重点が置かれている基準構成となっている。こうした内容は、法律により強制されて取り組むべき事柄ではない。


第三にサービスの結果を評価する方法もある。サービスの効果・結果や利用者の満足度をもって評価しようとするものである。福祉サービス第三者評価の基準づくりにおいて、評価対象に利用者満足を反映できないかという議論があった。しかしながら、福祉サービスや介護サービスの結果を、何について、どのような基準で図るかという問題がある。医療であれば、平均在院日数や死亡率など提供されて生ずる治療効果に着目し、評価することができる。しかし、福祉や介護サービスについては、いまだこうした提供されて生ずるサービス効果について統一的な評価基準は開発できていない 。


考えられるのは、利用者満足をサービス提供の結果とみて、評価することである。しかし、利用者の満足度を調査できても、この結果をサービスの質を公正に評価する尺度としては使うことには、慎重に考えざるをえない。第三者評価は「公正・中立」、「専門的」、「客観的」に行われるものであるという基本的な考え方と齟齬をきたしてしまうからである。福祉サービス第三者評価事業においても、利用者の認識を把握するためアンケートや聞き取りを行なう。これは、ヒアリングを行うこと等により、利用者の認識を把握し、第三者評価基準に基づく全体の評価結果をとりまとめる際の参考とすることとしたものである。利用者満足を評価に加えようとするものではない。また、利用者の苦情を拾い集めようとするものではない。


苦情については、苦情解決の仕組みが別途設けられている。苦情解決の仕組みには、サービスの質に関する基準は定められていないが、利用者側が契約およびサービスの質に対し不満をもった場合に苦情として申立てるわけであるから、サービスの質に対する利用者側の主観的ではあるが何らかの価値基準が存在すると考えられる。こうした価値基準に照らして、サービスの質について利用者側から「不満」「満足」といった評価がされる。こうした利用者側の不満の一部が苦情申立という行動にむすびつく。具体的な実際、苦情として申立てられる内容をみると、構造に関するもの、プロセスに関するもの、結果に関するものとすべての領域に及んでいる。個人の主観による基準であるから、最低基準はもちろん、業界標準を上回るものも少なくない。しかし、施設からみると、こうした対応が難しい苦情についても、何故できないかなど誠実に説明することが求められるようになっている。苦情解決の仕組みも、事業者に対しサービスの質を向上させる取り組みを促す機能をもっている。


こうした監査、第三者評価、苦情解決という三つの制度が、それぞれ性格の基準にもとづいて、サービスの質をチェックし、重層的かつ複合的に機能することで、サービスの質を向上させる仕組みとして出来上がっているのが特徴といえる。サービスのミニマム水準は公的規制に委ね、より望ましい水準をめざしたサービス改善の取り組みは、施設の側の経営努力と利用者評価に任せるという構造である。ただし、利用者が評価した結果を選択行動とむすびつけられない現状では、サービス評価も苦情解決に対する取り組みも、事業の基本的な性格から施設側の経営努力に期待するしかないのであるが、これがサービスの質についての事業者の取り組みにおいて、質の向上に熱心な施設とそうでない施設と、二極分化を招いている。


④ 第三者評価受審の意義


現在、全国すべての都道府県において、第三者評価事業の都道府県推進組織が設置されているが、都道府県により組織体制を整備し、第三者評価事業を開始した時期には随分とズレがある。早いところでは、東京都は平成14年から評価事業を開始しているが、多くの自治体は、厚生労働省による「福祉サービス第三者評価事業に関する指針」への対応の必要から、17年に第三者評価事業を始めている。その後も、18年、19年と都道府県ごとに推進組織の立ち上げが続いた。


都道府県において推進組織が整備されないと、評価機関の認証ができない。その都道府県においては、特別養護老人ホームなどが、第三者評価を受けようと考えても、受審の機会が与えられない。そのため当初は、受審件数が少なかった。しかし、こうした第三者評価実施体制の立ち上げが進むにつれて、第三者評価受審件数も、17年が1,678施設、18年が1,947施設、19年が2,835施設、20年が2,757施設と増えてきた。四ヵ年で、9,217施設に及ぶ。


特別養護老人ホームは、福祉施設全体では受審率は高い方であるが、四年間で●●施設、施設数全体の約●●%にすぎない。第三者評価を受審した施設においては、総じて第三者評価を受けた意義を認めている。すなわち、自ら提供するサービスの質を評価し、組織上の課題を把握した上で、組織外の専門の評価機関による客観的な評価を受けることにより、サービスの質の向上について多くの気づきを得られていると好評である。受審のメリットとしては、①現状の把握、どこに改善するべき課題があるかが把握できる②評価を受けるための事前の準備が、職員の意識啓発、改善に向けたアクションのきっかけづくりとなる③評価結果から改善に取り組むべき方向が明確になる④利用者・家族、地域からの信頼づくりにつながる、などが考えられる。サービスの質の向上に積極的に取り組む施設を増やすためにも、第三者評価事業のさらなる普及・定着が必要である。


大阪府の推進組織では、2007年に受審した事業者に対しアンケート調査を行なっている。これによれば、受審した特別養護老人ホームの大部分が、自己評価、訪問調査から「気づきがえられた」と回答し(11施設が「はい」・「どちらかといえばはい」と回答/全体12施設)、評価によって「サービスの改善や向上のための具体的な方策がみえてきた」(9施設が「はい」・「どちらかといえばはい」と回答/全体12施設)第三者評価を受審したことが「事業者のサービスや経営、質の向上に役立った」(12施設が「はい」・「どちらかといえばはい」と回答/全体12施設)と答えている。これからみても、少なくとも受審した施設からは、サービスの質の向上について、第三者評価を受審する意義があるものと認められていることがわかる。

⑤ 第三者評価の推進にむけて

こうしたメリットを実感できない理由としては、幾つか検討するべき課題が存在するように思われる。まず、特別養護老人ホームについて、第三者評価が普及しない一つの要因として、介護サービス情報公表システムの存在があげられる。毎年、全ての介護サービスの事業者に対し、情報の公表を義務付けている。事業者からすれば、介護サービスの情報公開に応じ、さらに第三者評価の受審までとても手が回らないというのが本音であろう。


介護サービス情報公表制度は、介護サービスの事業者が行っているサービスの内容や運営状況など特定の事項について訪問調査を行い、事実の確認上、明らかになった結果を情報開示するものである。事業者に対し、利用者のサービス選択に必要な情報の提供を義務付けることがねらいである。確認の対象となる事項は一部重なるものの、福祉サービス第三者評価のように、福祉サービスの質の向上のため望ましい質の基準を定め、専門の第三者機関が目標達成度合いをA、B、Cと評価し、事業者に対しより望ましい水準に向って、サービスの質の向上を促す仕組みとは、事業の目的や性格が違っている。


介護サービスの情報を公表してもなお、特別養護老人ホームにおいては、自らの組織の提供するサービスな事業内容についての課題を把握し、サービス質の向上の努力が求められる。また、両システムは並存可能である。たとえば、事業者の負担を軽減するのであれば、制度の運用において、同じ評価機関が同じ日に一括して二つの訪問調査を行うなどの工夫が可能であろう。事業者側の心理的、経済的、また業務上の負担は軽減される。


第二に、第三者評価の基準や評価方法に対して、不満をもつ事業者も少なくない 。特別養護老人ホームに対する第三者評価の基準は、前述のように①福祉サービスの基本方針と組織②組織の運営管理③適切な福祉サービスの実施について評価する。これは、サービスの質を向上させる組織体制が確立されているか、適切なサービス提供のプロセスが確立しているかを評価しようとするものである。訪問評価者は、主として、こうした取り組みを裏付ける文書や記録があるか、マニュアルが整備されているかについて確認し、評価するという手法をとる。


これに対して、受審に消極的な施設の側からは、マニュアルや記録の確認ではなく、もっと具体的なサービスの内容や実践をみてほしいという意見も存在する。評価基準の検討においては、当初、全ての種別の施設や事業に共通する基準が必要という考えから、基準の内容を①福祉サービスの基本方針と組織②組織の運営管理③適切な福祉サービスの実施に絞り込んだ。特別養護老人ホームなど特定の福祉施設において提供されている具体的なサービス内容についての基準項目は、外された。その後、障害者の福祉施設や保育所などは、共通基準に加えて具体的なサービス内容についての基準を追加し、サービス内容についても評価している。これに対して、特別養護老人ホームの具体的なサービス内容についての評価基準はつくられていない。


共通基準だけでも、施設のサービスの質を向上させる取り組みを評価できるという意見もある。しかし、保育所などの第三者評価の実践を研究してみると、具体的なサービス内容に関する追加基準があるために、現場の保育士が自らの実践を振り返るきっかけとなっていたことがわかった。私自身、当初は共通項目だけで十分と考えていたが、第三者評価の受審をきっかけにして施設において現場の職員を巻き込みサービスの質の向上の取り組みをダイナミックに展開することを期待するならば、追加基準の存在意義は大きいと考えている。したがって、特別養護老人ホームについても、認知症ケアの実践、ホスピスケア、医療・看護との連携など、現場の職員が関わる具体的サービス内容について、評価の対象に加えることが望ましい。そうすることで、評価方法においても、利用者の様子や施設職員によるサービス提供の場面の観察や聞き取りのウェートが増すことであろう。


最後に、事業者を第三者評価の受審へと促すようなインセンティブが制度上十分に組み込まれていない。現行制度では、第三者評価を受審し、結果公表に応じた場合には、措置費の弾力運用が認められている。しかし、特別養護老人ホームについては、契約施設であり、会計間の資金移動は認められているので、こうした措置費の弾力運用の取り扱いが、受審のインセンティブとならない。特別養護老人ホームに限らず、すべての施設に対し福祉サービスの質の向上をもとめ、第三者評価事業のさらなる普及・定着をめざすならば、あらためてインセンティブについての考え方を検討し直す必要がある。本来は、サービスの質を向上させ、地域の利用者から信頼され選択されることが、何よりも事業者にとってサービス評価を受審するメリットでありインセンティブとなると考えていた。しかし、こうした立場から、第三者評価を受審する施設の割合は、業界のトップリーダー、三割くらいであるのかもしれない。施設全体の半数を超えるほどまで、受審件数をつみ上げ、第三者評価をさらに普及させるためには、これまでとは違う奨励措置の検討が必要ではなかろうか。


たとえば、東京都は、受審実績が著しく高い。全国の受審件数の約三分の二を東京都の施設によって占められている 。こうした受審実績があげられている理由のひとつに、積極的な受審の奨励措置がとられていることが、あげられる。すなわち、都独自の「東京都特別養護老人ホーム経営支援補助金」交付の要件のひとつに、第三者評価の受審を求めている。これは、少なくとも三年に一回第三者評価を受審することを条件としており、受審しない場合は補助金を減額するものとしている。特別養護老人ホーム以外の福祉施設においても「東京都民間社会福祉施設サービス推進費補助」の交付要件のひとつに、第三者評価の受審を求めている。受審しなければ、同様に減額される。こうした補助金の交付にあたって、施設側のサービスの質の向上の努力・実績を考慮し、交付額に差を設けようとするのである。また、東京都は、特定事業所集中減算をしない条件のひとつに、第三者評価の受審を定めている 。


また、医療機能評価機構が行う病院機能評価では、受審する病院の数が伸びているが、病院機能評価を受審していることが、緩和ケア病棟入院料の施設基準、緩和ケア診療加算の施設基準に反映され加算対象となっているなど、診療報酬上のインセンティブが与えていることも要因のひとつである。福祉サービス第三者評価事業も、受審することが目的とならないように配慮しながらも、第三者評価を受審しサービスの質の向上に取り組む活動や成果に対する奨励措置が考えられてよい。受審のきっかけはなんであれ、受審準備のプロセスが、サービスの質の向上によい効果をもっていることに気づくであろう。


3 社会福祉法第七十八条第一項、経営者の役割について

社会福祉法第七十八条は、社会福祉事業の経営者に対し「福祉サービスの質の向上のための措置」をとることを努力義務として定めている。経営者は、社会福祉法第五条「福祉サービスの提供の原則」にもあるように、利用者の意向を十分に尊重し、サービスを提供することが求められている。さらには、社会福祉法第七十八条は、「サービスの質の評価を行うこと」により、「常に福祉サービスを受ける立場にたって良質かつ適切な福祉サービスを提供するように努める」義務を定めている。経営者は、どのようにして、こうした義務を果たしていくべきなのであろうか。


 サービス評価の評価基準にもあるように、サービスの質の向上のためには、経営者が、自らの基本方針を現場組織の末端にいたるまでいかに浸透させるが大切である。現実の利用関係では、援助する側の都合が、個々の利用者の立場に優越する。措置から契約へと社会福祉の基礎構造が転換しても、現実の力関係は、援助関係において、決して対等などではない。現実の援助関係を対等なものにし、質の高いサービスを提供するには、施設における職員の意識のみならず業務管理のあり方自体を変革する必要がある。サービスの質を向上させるためには、経営者のリーダーシップは欠かせない。


特別養護老人ホームなど社会福祉施設の経営者は、「福祉サービスの提供の原則」や「福祉サービスの質の向上のための措置」をどのように受け止めたのであろうか。社会福祉法人のなかには、措置から契約への構造転換など外部環境の変化に自らの経営組織を対応させるため、あらためて経営理念を明確にし、中長期の事業計画や事業戦略を検討するなどし、組織が向かうべき方向を修正する法人もあらわれた。実際、法人の経営理念として、「利用者本位の質の高いサービスの提供」を掲げる法人も少なくない。


 しかし、理念を掲げているからといって、利用者本位のサービスの提供を実践できているとは限らない。形式的に掲げているにすぎないようにみえる法人や施設も多数存在するように思われる。介護事業のように、国民のニーズが拡大し、市場が安定的に成長している状況においては、それでも経営は成り立つのであろう。しかし、利用者の視点から自らのサービス提供はどうあるべきかについて検討している施設も存在する。ここで大切なのは、こうした経営理念を組織においてどのように実践するかである。経営者自らの実践なくしては、組織構成員の意識改革はありえない。


利用者本位のサービスの提供をめざし、質の向上に努めるという経営理念をどのようにして組織に浸透させることができるか。ある経営者からの聞取りからは、次のように実践していると説明を受けた。まず、第一に、経営者自ら職員に対し、なぜ利用者本位のサービスの提供が大切なのかを繰り返し、説き続けることが大切である。たとえば、ある施設長は、職員に対して、エンドユーザーは職員自身であるとして、「自分の親をうち施設に入れたいと思うか」「入居していただいて最後に親孝行ができたと思えるか」と問い続けている。利用者本位の考え方が、法人経営のベースと考えるからである。

第二に、職員にも「そうした施設になるにはどうしたらよいか、利用者・家族の視点から意見を述べてほしい」と募ることが大切である。職員のなかにも、日ごろから心の中で「こうしたら、もっと利用者から喜ばれるのに」と思っている人は多い。こうした意見を業務の見直しに反映させる仕組みをつくる取り組みが必要である。そして、第三に、こうした利用者本位のサービを提供するための業務改善をひとつひとつ実践し、積み上げていくことで、利用者からも感謝される、それによって職員の仕事に対するモチベーションが高まる。こうしたことが、経営者の安心・満足にもつながるという良い経営の循環がうまれることをねらっているという。


 このことからも明らかなように、職員による利用者への関わり自体が、法人が提供する福祉サービスである。現実の援助する側と援助される側との関係において「経営理念」が伝わることが大切である。言い換えると、実際に職員により提供されている福祉サービスこそが、経営理念の具体的表現とみるべきである。経営者や管理者は、こうした視点から現場にたって、自らかがける経営理念が利用者・家族に「価値あるもの」として伝わっているか、日々確認する努力が必要であろう。利用者家族から信頼され、事業を継続的、持続的そして発展的に経営するためにも、こうした経営者の努力が大切といえる。また、こうした経営者の取り組みこそが、社会福祉法78条が求める経営者のあり方であると考える。福祉サービス第三者評価の受審についても、経営者が自らの組織が利用者本位というベクトルからずれていないか客観的に確認できることに意義があると考える。



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