2011年10月27日木曜日

保育リスクマネジメントー事故報告書について

保育の友に、連載している「保育リスクマネジメント」の原稿です。

保育園の事故報告書について、考えてみました。


◆ 事故を報告する、その①

なぜ事故報告書を作成するのですか

保育園において事故が起これば、事故に関わった保育士は、事故報告書を作成し、園長に提出しなければなりません。保育園におけるスクマネジメント活動が広がる以前から、どこの保育園においても、事故報告書の作成は行われていました。事故報告書は、なぜ作成されなければならないのでしょうか。提出を求められているからと考えず、事故報告書作成の意義について、考え直してみたいと思います。


園長は、起きた事故の経緯や原因については、事故報告書が提出される以前から把握しています。したがって、事故報告書により、発生した事故の実態を把握しようとするものではありません。むしろ、事故を起こした保育士本人に対し、事故報告書を作成させることにより、事故が起きた経緯を振り返り、なぜ事故が起きたのかを反省させることがねらいであったと思われます。つまり、事故報告書は、事故を起こした保育士にとって、反省文や始末書のような性格をもっていたのでしょう。


確かに、事故報告書作成の意義として、保育士に反省を求め、ミスを繰り返さない、再発防止を約束させることも大切です。しかしながら、リスクマネジメントの立場からみると、始末書を書かせるよりは、事故の記録を残すことにより、事故を振り返り、起きた事故の教訓とすることが大切です。事故の経験を記録に残し、事故の再発防止に活かすことが大切です。


つまり、事故報告書は、ヒヤリハット報告と同様に、事故データとして、事故防止の組織的な活動に役立てるものとして、作成されるべきものです。事故を起こした保育士が反省しても、他の保育士ともこうした経験が共有されないと、類似の事故が繰り返されます。事故を起こした保育士が自らの保育と向き合い、どこに原因があったかを反省するとともに、組織としても、事故の経験を教訓として、保育士のチームワークにより再発防止に取り組むために、事故報告書の活用が必要とされているのです。

子どもの小さなケガは、事故ではありませんか

皆さんの保育園では、どのような場合に事故報告書を提出することになっていますか。事故報告書の様式により報告するように求められる事故は、子どもがけがをして、医療機関の診察・治療を必要としたけがを伴うものに限定している保育園が多いようです。

リスクマネジメントでも、ケガにより医療費の支払いや賠償の対象となる損害の発生を「事故」として取り扱い、職員に対し報告を義務づけると考えられてきました。こうした事故の発生は、必ずしも多くありません。保育園の入所定員にもよるのでしょうが、私の主催する保育リクマネジメント研究会に参加する保育園でも、年間多くて10件前後の事故報告がされています。


あるとき、保育園に勤務する看護師から「子どもの園内でケガをして処置した件数がかなりありますが、こうした小さなケガは保育中の事故とは考えないのでよいのでしょうか」と尋ねられたことがありました。当初は、損害の発生に着目し、事故かヒヤリハットした経験かを区別してきたのですが、こうした問いかけから、最近では、小さなケガも事故として報告を求めることが必要と考えるようになりました。


もちろん、保育園における処置簿に記録されている内容をみると、ケガをしていないのに「ここ痛いからバンドエイドはって」とやってくる子どもも処置されています。こうした事故性の認められないものは別にして、保育士がお迎えの時に保護者に説明しなければならない保育中のケガは、年間でかなりの数にのぼります。こうしたケガが、事故報告書、ヒヤリハット報告書のいずれでも、報告されていないことが問題と思います。


実際に、保育園において発生した小さなけがなども、事故として報告を求める保育園も存在します。たとえば、看護師や保育士が子どものけがの処置をした場合には、処置簿に記録することにとどまらず、事故報告書を提出するものとルール化しています。事故報告書の提出まで求めていませんがが、「医療機関を受診して異常なしと診断された事例」、「保育園において手当てした事例」は、事故報告書に準じて、必ずヒヤリハット報告書の提出をするように義務付けているところもあります。


さらには、子どもがけがをしなくとも、誤飲・転落・転倒・挟み込みなど、起きた事故はすべて報告するように徹底している保育園あります。園長自ら、自らの保育園において発生している事故の実態、事故データは可能な限り把握しておきたいと考えているからです。


ヒヤリハット報告があまり提出されていない保育園では、報告されていない事故やケガの存在が気になります。組織として把握されるべき事故情報が漏れているからです。リスクマネジメントの立場からは、小さなケガで済んでいるうちに、事故発生の経緯や事故原因を検証し、必要な対策を検討・実施することが大切です。小さなケガに関する事故情報が保育士により共有されずにいますと、重大事故につながる事故リスクが存在していることに気がつかない事態を招きかねません。


◆ 事故を報告する、その②


事故に関する情報を適切に把握するためには、事故報告書の様式にも工夫が必要です。必要な事柄が洩れなく記載されるように、記入するべき項目を定めているでしょうか。事故報告書の様式について、取り上げてみたいと思います。

必要な事故の情報は洩れなく記述されていますか


事故報告書の様式および記載内容は、保育園において様々です。事故報告書が、ヒヤリハット報告と同じ様式を使っている例もあります。また、公立保育所であれば、自治体が決めた統一した様式を使っていると思います。しかし、事故報告書の様式は、自治体によって、様々です。事故報告書の様式は、必ずしも同一の様式に統一する必要はないと思いますが、書き手の保育士によって、大切な事故情報が漏れることのないように心掛けてください。


事故報告書は、後日検証し必要な対応を検討するために、役に立つものでなければなりません。事故報告書の記載項目欄でも、こうしたことが漏れており、後から報告書を作成した保育士に尋ねる必要がないように、①発生日時②発生場所③児童名④発生状況⑤受傷部位・受傷内容⑥園での処置、病院での治療⑦事故原因⑧再発防止の工夫などは、重要な事故データです。おおくの事故報告書では、それぞれ所定の記載項目欄を設け、こうした事柄が必ず記述されるように工夫してあります。


事故発生後の対応状況の把握が大切です。保育園によっては、事故発生後の対応を細かに記述させるように、様式を工夫しているところがあります。園においてどのような応急処置がされたのか、応急処置の内容が記述されるものとなっていました。


さらには、病院など医療機関を受診したのであれば、そこでの対応についても、もれなく記録に残すことが望まれます。たとえば、①医療機関名②受診した時間③付き添った保育士名④治療の内容⑤医師の指示などです。また、通院が必要となり、治療が継続する場合がありますから、①日時②付き添った保育士名③処置の内容④医師の指示⑤完治した日などの欄を設け、記録として残しておくとよいでしょう。


また、保護者に対する対応についても、①連絡した時間②連絡した保育士③連絡先④連絡を受けた保護者名⑤連絡した内容⑥保護者の様子および反応⑦保護者への引き渡し時間⑧引き渡した保育士⑨引き取った保護者名⑩保護者に対する説明内容⑪保護者の様子および反応答なども、事故報告書において必ず記述させるとよいと思います。保育士による保護者対応が適切でないと、事故が裁判などのトラブルとなってしまいます。こうした内容が洩れないように、事故報告書の様式を見直してください。


事故発生の状況の項目では、事故発生の経緯を記述することになります。事故発生の状況の項目欄は、書き込み少しスペースを広く設定しておくとよいと思います。事故発生の状況を整理し文章によって説明することは、保育士にとって、事故を客観的に振り返ってみる機会となるはずです。さらには、事故の発生状況を現場の図・イラストで書き表すスペースを設けている保育園もあります。その場にいた保育士の位置や子どもの動きなども、図にして表した方が状況の把握が的確になります。


最後に、公立保育所の事故報告書においては、園長や所長のコメントを記入する欄を設けている例があります。事故に関わった保育士の報告に対し、管理者である園長や所長が意見を付けることは、再発防止の立場からも、意義があると思います。管理者の立場から、どのように事故を受け止めているのか、あるいはどのように受け止めてほしいのかなど、組織としての課題を明確にすることができるからです。


◆ 事故を報告する その③


報告書作成のポイント

事故報告書作成の基本は、簡潔明瞭であることです。必要な情報が含まれており、第三者が読んでも事故発生の状況が把握できるようものでなければなりません。事故報告書に限らず、保育記録などの作成でもいえることですが、「5W1H」といわれる事柄が、誰が(Who)、何を(What)、いつ( When)、どこで( Where)、何のために( Why)、どのようにして( How)を意識して文章をまとめることが、事故情報を記録に残す基本です。記載の順番は必ずしも、このとおりである必要はありません。


主語と述語の対応関係を意識し、可能な限り短文で明瞭に書くことを心がけてください。主語がない、文章がねじれているため、わかりにくい文章となっていないか、読み返してみることです。事故報告書の提出前には、主任保育士などがチェックをして、修正を求めることがあってよいかと思います。


事故発生の状況については、時間の経過を踏まえながら、①保育士が何をしている最中に、②子どもがどのようにして事故が起きたのかという視点を定めて、記述するとよいでしょう。事故発生の経緯については、事故が起きる少し前の保育の内容を時間の経過によって事故発生につながっていったのかを明らかにすることが大切です。時系列ごとに、どのような経緯をたどったのか、箇条書きに書き出してみると、書きやすくなります。


こうした文章化する作業によって、事故発生の経緯を客観的にみることができ、事故発生の伏線など事故に対する新たな気づきが得られるものと思われます。事故原因を考えるヒントにもつながっていきます。そのためにも、事故発生の状況の項目欄は、書き込み少しスペースを広く設定しておくとよいと思います。さらには、事故の発生状況を図・イラストで書き表すスペース欄を設けている保育園もあります。


また、事故原因の項目では、「私の子どもに対する見守りが十分でなかった」という記述がされることが少なくありません。しかし、事故報告書は、起こした事故に対する反省文ではありません。事故原因と向き合い、再発防止に必要な対策の提案につなげるという視点が必要です。

たとえば、①危険の予測が可能であったか、②保育の環境や保育士の配置などに問題がなかったか、③保育にあたって、子どもの発達や行動、性格などについて、十分な配慮がされていたか、④保育士の監督状況も役割分担に問題はなかったか、⑤施設設備の保守管理に問題がなかったかなど、事故の経緯を振り返りながら、事故原因と向き合うことが、保育士の課題を発見する力をつけることにつながるものと思います。事故に関わった保育士が、事故報告書の作成において、事故原因の分析ができるようになるには、日ごろから事故事例の検討を積み重ね、事故原因を分析する力をみにつけておくことが大切です。

◆ どのように事故報告書を活かしていますか①


事故防止に向けた第一歩は、保育士の身近に潜む事故の危険に気づくことです。リスクマネジメント活動を通じて、事故報告書を事故の再発防止に役立ててください。

事故報告書は、始末書ではありません。事故の体験を保育士が共有することにより、事故の再発防止に役立てることができるはずです。実際に事故報告書の分析からは、事故について貴重な教訓を読み解くことができます。


こうした事故の情報は、保育園が子どもの安全や命を守る上で、貴重な財産となるはずです。リスクマネジメント委員会においては、事故報告書の内容を日々の保育にフィードバックする、橋渡し的な役割が期待されます。


主任保育士、園長・所長がチェックする


事故報告書のファイルは、安全な保育実践に必要な知識形成に役立つ事故情報データベースに匹敵します。事故報告書は、ヒヤリハット報告と比較して、事故発生の経緯が詳しく述べられており、原因や対策についても言及されています。ヒヤリハット報告と同じように、直接かかわった保育士本人からの報告ではありますが、担任の保育士や主任保育士による聞き取りなどをつうじ、事故発生の経緯や原因についても、第三者による検証がされているものと思われます。こうしたことから、事故防止に役立つ事故データとしての信頼できるのです。


管理者は、再発防止に役立てるという明確な目的をもって事故データを残していくことが必要です。そのためにも、事故が発生し提出された事故報告書については、リスクマネージャ(リスクマネジメントの責任者)あるいは主任保育士、さらには施設の管理者である園長・所長のチェックが必要です。

まず、主任保育士が、事故報告書をチェックする際には、前回述べたように、記述内容が不正確である場合、曖昧である場合には、必要に応じ添削をした上、作成者に対し修正するように求めてください。事故の概要を知らない第三者がみても、事故がどのような経緯で発生したのか、事故報告書から読み取れる内容となっているか確認することが大切です。こうしたことが確実に行われるためにも、事故報告書においても、主任保育士、園長・所長の決裁欄があるとよいでしょう。


事故報告書の回覧・周知


保育所において発生した事故内容を保育士・職員全員が知ることができるように、事故報告書を回覧している保育所もあります。皆さんの保育所では、提出された事故報告書をどのように扱っていますか。ファイルし事務所で保管しておくだけでは、もったいないと思います。


事故報告書は、事故を起こした保育士の反省文と考えれば、保育士でオープンに共有されるべきものではないかもしれません。しかしながら、事故報告書には、保育士全員で共有されるべき貴重な経験が書き描かれています。事故報告書の回覧は、子どもの事故についての共通理解に役立つものです。


実際に、自らの保育所においてどのような事故が起きているのか知らされていませんと、事故に学ぶ機会が少なくなります。事故報告書の回覧においては、保育士は、他人の起こした事故と受け止めず、事故報告書から事故に学び、日ごろの保育を振り返ることが大切です。こうしたことが、事故防止に関する保育所の課題について、保育士の共通理解を形成することにも役立つものと思われます。したがって、提出された事故報告書はその都度回覧することが望まれます。


事故報告書の保管は、管理者が責任をもって行います。ただし、園長・所長の机のなかにしまっておきますと、保育士が事故報告書を読むことが難しくなります。逆に、だれでも持ち出して読むことができますと、紛失してしまうことも懸念されます。事故情報ですから、閲覧のルールを定めたうえで、閲覧を認めることが望ましいと考えます。


役員会における報告

また、社会福祉法人立の保育園のなかでは、こうした事故報告を表にして、理事会・評議員会において報告しているところがあります。あわせて、事故報告書のコピーをファイルしたものを、役員会において回覧していました。理事や評議員から事故について質問や意見を受けることがねらいです。


法人運営においても、リスクマネジメントやコンプライアンスは、重要な検討テーマです。事故の報告は、理事や評議員からも関心がもたれている事柄のひとつです。事故報告書を整理し、隠さず報告することが、健全かつ公正な法人運営につながります。法人組織からも、リスクマネジメント委員会の活動内容に対する理解が得られます。


◆どのように事故報告書を活かしていますか②


事故報告書からは、仲間の保育士の失敗に学びリスクの存在を知ることができます。また、事故報告書の分析から、再発防止のために何が必要かを考える様々なヒントを引き出すことができます。事故報告書の内容を検討し、安全な保育実践に必要な知識形成に役立てください。


事故報告書から原因と対策を考える


医療機関を受診するような事故が起これば、定例のリスクマネジメント委員会においても取り上げられ、事故発生の経緯の検証や原因と対策の検討が必要になります。既に保護者対応などを含め、保育園としてとるべき事故発生後の事後対応も終わっていると思います。しかし、事故発生から若干経過した後で、リスクマネジメント委員会が、定例の委員会において、あらためて発生した事故の経過を振りかえり、原因と対策を検討してみると、あらたな気づきがあるものです。


事故の分析には、SHELL分析を行うことを勧めます。事故の検証には、直接原因となる保育士本人の不注意や施設・備品の欠陥のみならず、背景原因である保育環境や運営管理のありかたも見逃してはなりません。


SHELL分析とは、①システムなど運営管理に関わる原因、②施設・備品などハードに関わる原因、③保育中の環境に関する原因、④事故に関わった保育士本人に関わる原因、⑤子どもや同僚の保育士に関わる原因を考え、必要な対策を検討するものです。事故報告書を検証することで、保育園の運営管理に関わる課題もみえてくるはずです。


事実関係を時系列に整理し、事故発生のプロセスを知る


事故の検証・分析には、事実関係の整理が大切です。背景原因まで検証・分析しようとする場合には、事故が発生する前の保育内容や保育環境のあり方、保育士の動き、子どもの動きに注目する必要があります。表は、時系列を意識して、事故発生前後の状況を、①保育士の動き、②子どもの動き、③保育内容を表に整理したものです。事故報告書に記述されていない情報も聞き取るなどして、事前に表にまとめるなどして、検討資料を作成するとよいでしょう。事故発生のプロセスを把握することで、様々な事故発生の要因がみえてくるはずです。また、①保育士の動き、②子どもの動き、③保育内容について、事故発生の経過を遡りながら、それぞれ「なぜ」「なぜ」と考えてみると、事故発生のプロセスと構造が見えてくると思います。

事故発生の原因についての共通理解の形成


こうした委員会において、提出された事故報告書をあらためて取り上げて、「発生した事故の教訓をいかにして保育士全員で共有するか」など、そこでの議論の内容をリスクマネジメント活動にフィードバックすることが望まれます。事故発生の原因についての共通理解の形成を目的とした園内研修を企画し、事故報告書を活用した事故事例の検討を行って下さい。


もちろん、既に事故報告書は回覧されています。しかし、発生した事故に対する保育士の問題意識にもバラつきがあります。ひと通り事故報告書をみただけかもしれません。職場会議や園内研修を通じて、事故に対する問題意識や、事故発生のプロセス、事故の原因、再発防止に必要な対策などに対する保育士の理解や標準化することが必要です。


保育士が、仲間の事故から学び、自らの保育を振り返ることがされませんと、再発防止につながりません。保育士全員の共通理解の形成がベースにあって初めて、事故防止のチームワークが成り立つのです。事故事例の検討においても、主任保育士などが事故を解説して終わりとしないことが大切です。保育士の学びのためには、保育士の身近にある事故リスクについて、保育士が主体的にかつ互いに話し合うこと、リスクコミュニケーションの確保が大切です。


園内研修において事故報告書を検討することは、実際におきた事故を他の保育士にも追体験させることができます。自分であれば、事故を回避できたかと考えてみる。これまでの経験をもとに、事故の原因を振り返り、日ごろ注意していることを発言する。これによって、身近な事故リスクに対する問題意識の共有に役立つはずです。また、こうした事故事例についての話し合いは、事故経験の少ない保育士の育成にとって有益であるのみならず、保育所の運営管理においても、日ごろの保育の内容を見直すヒントが得られることでしょう。

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