2010年1月13日水曜日

社会福祉経営の公共性

社会福祉法人の経営を問い直す

昨年二月に行なわれた経営協の研修において話した内容が、雑誌「経営協」五月号に取り上げられています。以下の内容は、関川発言部分です。あらためて、社会福祉法人の経営は誰のために行なうべきものなのかと考えてみました。


社会福祉法人ならではの経営モデルの確立
【関川】私は、現在社会福祉学科にて福祉の法律を教えています。法学部で、労働法や社会保障法を学び、現在は社会福祉の法律を専攻しておりますが、若いころは、現場についての知識が十分なかったこともあって、社会福祉法の社会福祉法人制度や社会福祉に関する法制度が改正されるとその内容について、施設長や法人理事長と一緒に検討しながら、法律が社会福祉法人に対し求めている経営とは何だろう、と考えてきました。

 最近、全社協の「社会福祉学習双書」を書かせていただいて、社会福祉経営と組織の部分を武居さんと一緒に分担執筆しました。これを機会にあらためて福祉経営について考えてみたのですが、双書では、法人理事会によるトップマネジメントとしてガバナンスも大事、コンプライアンスも大事、リスクマネジメントも事故に限らず重要です。これらは、施設の現場職員が決めることではなく、トップマネジメントで決めていく必要がある。しかるべき経営理念に基づいて、中長期計画を立て道筋を示して、そこに向かって舵取りをする。サービス管理や人事労務管理、財務管理や設備保守管理などが重要だ、と書かせていただきました。しかし、実は最近講演などでは、少し異なる立場から社会福祉法人の経営のことを語るように心がけています。

 さて、民間社会福祉事業家の多くは、戦前財団法人として事業を行なっていました。戦後になって、社会福祉法人制度が創設されたのは、ご存知のとおりです。民法上の財団法人による福祉事業があったにもかかわらず、国民の信頼を得るためには、公益法人では適切な運営が確保できないと考え、公共事業を担う行政組織に類似した仕組み、つまり社会福祉事業に特化した特別公益法人制度が必要だという議論がありました。
これに対して、医療についてみますと、戦前は公益法人として病院を経営される方もいましたが、多くは個人営業として法人格を持たずに、医業経営を行っていました。戦後、医療法人制度が創設されるわれですが、医療法人は、公益法人ほど厳しい監督規制が求められず、非営利の公益法人ではありますが、社団型の医療法人では、出資に応じた持分も認められるなど、株式会社などの民間法人と公益法人の中間的な性格をもつものとして位置づけられました。したがって、医療法人は、税法上は、普通法人、つまり非課税の対象にならないものです。
 これに対して、社会福祉法人は公益法人同様に非課税対象になっているのはご存知のとおりです。医療法人は、民間企ベースで経営することを認めていますから、施設整備についても公費補助が出せませんでした。資金調達の仕組みも、社会福祉法人とは違います。おのずと、経営モデルも違うものとして考えられると思います。

田中先生のご指摘のように、社会福祉法人の経営についても、他の民間法人に共通する普遍的な部分と、法人制度の趣旨からみて違う部分が出てきます。私は、その違う部分に着目し、株式会社や医療法人と比較し、社会福祉法人の経営には異なる経営モデルが強調されるべきだと思います。最近は、株式会社経営や医療法人経営に学ぶことが強調され、結果として社会福祉法人らしい経営モデルとは何か、が見えなくなっていることを残念に思っています。
 社会福祉法人は、本来自治体がやるべき事業を自治体に代わって実施することを期待されて創設されました。ですから、ある意味行政組織と同じような官庁会計類似の会計構造のもとで経営し、住民に奉仕するという行為規範にもとづき事業を展開することが望まれていた。結果として、措置の時代は社会福祉法人の経営に対し厳しい縛りがあり、そのため地域住民や納税者から信頼を得ることができていました。
 こうした経緯を前提としながら、社会福祉法人の経営とは何だろうかと、あらためて考えております。法人であれば事業の継続という観点から、経営環境の変化に応じてさまざまな工夫をする。こうした経営努力は、営利法人であれ、非営利法人であれ、共通して必要なことです。しかし、「儲けること、利益をあげることが第一」の株式会社などの営利法人の経営とは、どのように違うのでしょうか。

私なりに考えてみれば、社会福祉法人として、利用者の生活を支援し、職員の生活を守り、地域の期待に応える。その工夫や努力こそが、まさに事業継続のための社会福祉法人に求められる経営であると私は思っています。これらのことは、当然限られた、ヒト、モノ、カネの経営資源で行うわけですが、限られた経営資源の制約の中でも、国民から「社会福祉法人は、民間企業の経営モデルと比較して、サービスの質や内容が違う。さすが非課税の対象となる公益性が高い法人だ」と実感していただける経営努力が必要ではないでしょうか。また、「社会福祉法人の人材育成は、民間企業とは違う。ていねいな研修、そして生活に困っている人たちの現場を見て、福祉の感性を磨くような人の育て方をしている」と言ってもらえる人材育成が望まれます。さらには、地域のセーフティネット形成に貢献する。こうした工夫を重ねながら、事業を次世代にバトンタッチしていくことが大切のように思います。
 この10年ぐらい、社会福祉法人の経営にも、人事考課という仕組みが広がっていますが、果たして福祉人材を育てたのでしょうか。具体の検証は十分ではありません。しかし、私どもの大学院生が、大阪府の老人福祉施設の職員約2,000人を対象に調査しました。人事考課能力給の仕組みを採り入れたグループと、そうでないグループを比較して、職員の働くモチベーションや離職率を比較した結果、そこには統計上の相関がないことが明らかになりました。つまり、大阪府下の介護施設において行なわれている人事考課は、職員のモチベーションアップにも定着率の向上にも、必ずしもつながっておりませんでした。こうしたデーターをみて、社会福祉法人が、民間企業と同じように人事労務管理をしてきましたが、果たして福祉人材の質は高まったのだろうか、という疑問を私は持っています。

 もちろん、民間企業も、サービスの質の向上に努力し、人材育成に努めていると思います。得られた収益から、サービスの質の向上、福祉人材の育成にお金を回すか、あるいは内部留保や新規事業展開に、借入金返済にお金を回すのか。適正利益をどの程度見込んで、それをどう割り振るのかがポイントだと思います。民間企業と比較し、社会福祉法人にふさわしい利益の使い方があるべきです。
 少し話しは変わりますが、社会福祉法人による福祉サービス第三者評価の受審率は、医療法人における病院機能評価と比較して著しく低い。サービスの質の向上に十分なコストをかけなくても、今はやっていけるかもしれません。第三者評価の受審は、それほど重大な経営マターになっていません。しかし、私はこうした福祉の質の向上の取り組みについても、社会福祉法人の実践がリーディングなもの、模範的なものであってほしい、と私は思っています。サービス評価を受ける経済的なメリットがないから、第三者評価を受審しないでは困ります。多くの社会福祉法人が受審することにより、福祉業界全体としてサービスの質が向上し、評価基準もよりレベルの高いものに改定される。さらに更新のため再審する。こうしたサイクルがつくられることにより、サービスの質が向上し、サービスを利用する利用者全体にとってメリットがある仕組みとなるはずです。こうしたメリットを考える経営であってほしいと思います。
 経営努力により得られた利益について、借入金の返済や内部留保を優先してしまえば、サービスの質の向上・福祉人材の育成に十分なお金は回りません。しかし、事業を継続していく上では、この両者の適切なバランスをとることが大切になります。

 次に、経営能力として、何が求められるのかについて話します。社会福祉法人の性格に基づいて考えますと、社会福祉の公共性を重視し、国民の信頼を得るためのマネジメントが必要だと思います。事業を継続させ、公益に奉仕する活動を展開するマネジメント力を改めて考えていただきたいと思います。財務諸表からみて、より良い経営状態に近づけていく努力を決して否定するものではありませんが、それと同時に、サービスの質を高め、福祉人材を育成し、地域のセーフティネット形成に貢献することによって、より大きな成果を挙げるマネジメントも大切です。この2つの経営の視点と、そのバランスを見極めながら経営の舵取りをすることが、社会福祉法人の経営能力として求められます。
 こうした経営の舵取りには、まず、理念をアクションに変えるために、経営者の思いを職員の方々に伝え、職員の力を一致団結して事業を展開する。そのために目に見えるものが必要です。それが中長期計画になります。さらには、それをどうしたら具体化できるのか、という経営戦略が必要です。そして、それを職員の方と一緒になって考えて組織を動かすこと。こうしたことは、社会福祉法人に限らず、民間法人に共通するものです。
 皆さんは、社会福祉施設の経営者であると同時に、民間社会福祉事業家です。その福祉事業に対する情熱や夢を具体的なものにするために、限りある経営資源を活用して、組織的な努力を行うことが、社会福祉法人の経営だといえましょう。ですから、夢を語るだけでも、情熱だけでもだめで、組織を動かしていく経営努力が必要です。

 具体的には、制度ビジネスの枠を超えて、地域のニーズに対応できる柔軟な事業を展開する力が、社会福祉法人の経営に今求められているように思います。そのベースとなるものが、社会福祉法人のマネジメントの力。マネジメントの力とは、地域のニーズを発見して、事業シーズに変え、地域のネットワークとともに、課題解決に向けて社会福祉法人が中心となって事業を起こしていく。行政が施策として事業化する前に、皆さんの経営実践があってほしい、と願っています。行政がやるべきことを、行政に先駆けて実践するから、社会福祉法人の経営は、公共性が高いと考えます。別の言い方をすれば、制度の枠にとらわれない福祉事業を展開する、まさに地域における社会起業家、ソーシャル・アントレプレナーとしての実践が、社会福祉法人経営の役割ではないかと思います。

 こうした立場からみますと、最近の社会福祉の経営について、私が危惧することがあります。経営は、皆さん方の理想に近づくための手段であるはずですが、この手段が目的化していないでしょうか。財政的にみて良好な経営が確保でき、ここ数年新規事業も立ち上げていて、ヤリ手だといわれている経営者がおられます。けれども、社会福祉事業家としての熱意や取り組み、実践のパフォーマンスは平凡という方が見受けられます。あるいは、社会問題に対する意識や関心は低いが、経営の話をさせると生き生きとする若い経営者がいます。それでいいのか、というのが私の問題意識です。
 イギリスの経済学者アルフレッド・マーシャルが、ケンブリッジ大学の教授就任時に、「cool head  but warm hearts」と演説しました。彼はイギリスの貧困地域を歩いて、こうした問題を解決するために経済学の力が必要だと考えて、この言葉を残しました。まさに社会福祉法人の経営は、ここが原点なのかと。財務分析も大切でしょうが、福祉経営にとって、財務状況がすべてではありません。困っている人たちの問題を自らの問題としてとらえて、少しでもそれを改善したいという心意気「warm heart」がなければ、社会福祉法人の経営とは言えないのではないでしょうか。

現在は、アメリカの金融危機をきっかけにして、日本社会も底が抜けたような状態です。恐らく、もっと失業者が増えて、暮らしが壊れる方々が増えていくのではないかと思います。このような変化に対して社会福祉法人は何を考えて、どの方向に経営の舵を切るのかが、今問われていると考えるべきです。地域での官製のセーフティネットが役に立たない状況です。福祉サービスもあり、生活保護の仕組みもあるが、そうしたセーフティネットを突き抜けて、野宿・路上生活者一歩前のような生活、あるいは家族の生活自体が壊れてしまう状態が、皆さん方の地域にもみられるようになるかもしれません。

 そうした人たちが、公的な福祉や生活保護の仕組みが機能する前に、絶対的な貧困状態に陥ってしまう状態にある。これに対して、公的な仕組みやサポートにつなげていく役割が地域で必要となります。福祉事務所のワーカーや民生委員などの存在もありますが、地域においてそのような人たちの生活を行政に先駆けて、いち早く発見して公的仕組みにつないでいくことは、まさにコミュニティ・ソーシャルワークではないでしょうか。これができる専門的な人材を抱えている組織は、福祉事務所や社会福祉協議会だけではありません。社会福祉法人にも、ソーシャルワークの実践ができる優れた福祉人材が育っている。たとえば、職員の方々はこうした地域のニーズを把握しているはずです。皆さん方の施設経営の舵取りが、制度ビジネスの枠内でしか考えられないと、そのようなニーズは経営者にまで伝わっていかない。ですから、明確なビジョンと、施設としての方針を明らかにして、これから地域で起きる変化、こうしたニーズにどう対応するのか、という経営戦略をぜひ持っていただきたいと思っています。
 最後に、社会福祉法人制度に託された「公共性」を高める今日的な役割を考えたいと思います。社会福祉法人は、措置施設の経営以外に公共性を高めることはできないのかを考える必要があります。措置事業はどんどん少なくなっています。行政に代わって行なう措置施設の経営以外に、公共性を重視した福祉経営のあり方を考えていく必要があります。

さて、公共性とは、市場が提供しないものを国や自治体が行うものと考えられてきました。特に、措置制度の時代は福祉の事業は公的責任で行われていました。ただ、2000年以降、措置から契約に変わり、従来措置費として支払われていたものが、契約の下でサービスの対価としての報酬として支払われ、しかも自治体の役割もサービスの実施主体から、サービスシステムの管理者に変わっています。ですから、社会福祉法人の提供するサービスの仕組み、公共性のあり方も変わってきています。
 ハーバーマスの「公共性の構造転換」でみられるように、公共というものは、国や自治体だけが独占的に行うものではない、「新たな公共」という考え方があります。こうして考えますと、社会福祉法人も公共性を担えることになります。官でもない、まして市場原理で動く民でもない。新しい公共圏域を想定して、そこで事業を展開する社会福祉法人の経営はどうあるべきなのでしょうか。

「オフィシャル」、「コモン」、「オープン」が公共性の概念として重要だとされています。これらは、住民共通の利害に関わる問題解決に対し、NPOや市民団体の役割を期待するものとして考えられてきましたが、こうした地域の課題解決に向けたネットワークの形成支援も、社会福祉法人の役割として重要だと思います。つまり、地域の課題解決のための仕組みをつくり(オフィシャル)、住民の共通利益のために(コモン)、様々な地域の人たちと協働する(オープン)ことが、新しい公共性重視の福祉経営と考えます。
 企業経営のガバナンスが問題となっていますが、社会福祉法人の経営についても同様に、社会福祉法人は誰のために経営するのかを考えるべきだと思います。企業の経営であれば、株主の利益ために経営することになります。これに対し、社会福祉法人は、地域住民の利益のために事業のマネジメントをするべきなのではないでしょうか。住民の代表である自治体の信託によって社会福祉事業が営まれてきた経緯からしますと、社会福祉法人のガバナンスは、その住民利益からみて、健全で公正であって、かつ効率的なものである必要があると考えます。自律的な福祉経営の実践なかで、そのような健全なガバナンスの仕組みが考えられてしかるべきであろうと思います。
 このように、社会福祉法人の経営は、利用者や地域住民の利益のために、福祉事業の経営を委託されている、と考えることはできないだろうかと思っています。誰のための経営か、何のための経営か、改めて皆さんに考えていただければと思います。

地域福祉の担い手として再認識

さらに、社会福祉法人の在り方について、3つのことを付け加えて、お話したいと思います。1つは、田中先生が最後におっしゃった、社会福祉法人制度が今後とも継続できるのかということです。皆さん方が、福祉経営も、株式会社の経営モデルに近いものであるべきと考えた場合、介護マーケットにおける望ましい経営モデルは株式会社になります。したがって、これからは社会福祉法人はいらない、ということになるのだと思います。具体的には、利用者本位で、ていねいにサービスを説明して、同意を得ながら、高い満足を利用者に与えていくことが社会福祉法人のひとつの経営モデルであり、こうした実践が皆さん方に求められる経営能力であるとするならば、必ずしも社会福祉法人の経営を中心にする必要はないでしょう。こうした実践だけでよいならば、今後増えていく介護ニーズについては、理想とする経営モデルは株式会社、これを供給主体の標準としてシステムを考えるだけでいいということになりませんか。国民からみても、というのが非常にわかりやすい理屈ですね。こうした理解が支配的になりますと、社会福祉法人の存在意義は希薄化します。

 2つめは、公益ニーズに対して柔軟に、フットワーク軽く対応していくことが大切なのですが、こうした経営実践が社会福祉法人に対する評価に関わってきます。そして、国民からみて、わかりやすいのは、高い志と情熱で事業を展開していくNPO法人、あるいは公益認定を受けた公益法人です。こうした法人らが、社会貢献を使命とし、社会的起業の実績をあげていきますと、社会福祉法人の存在意義は希薄化します。しかも、それらの事業者が透明性高く、地域に情報公開して、信頼されるビジネスモデルが今後作られたらば、公益性の高いものは、そういう経営モデルをベースにして考えたらいいのではないかという考え方が、広がりはしないだろうかと危惧しています。
 こういう2つの軸をたてた上で、社会福祉法人の位置づけが問われています。社会福祉法人らしい経営モデルとして明確に示されない限り、国民とすれば株式会社やNPO法人に比べますと、社会福祉法人の存在意義がみえてこない。
あくまで私個人の見方なのですが、介護保険分野の事業経営を行う社会福祉法人は、企業の市場競争をベースにした経営モデルに傾斜しているように見えて、それで果たしていいのかと思っています。むしろ、社会福祉法人らしい経営モデルを国民の前に明らかにして、NPO法人よりも信頼できる、という経営モデルを作っていただきたい。

 それには、経営情報の透明化が必要です。社会福祉法人は、どういう理念で何に向かって、何に一生懸命取り組んでいるのか、ということを地域住民や利用者とその家族に理解してもらい、協力を得られるモデルを作ってほしいと思います。それによって存在意義が認められれば、「社会福祉法人という制度は大切だ」と、国民に言ってもらえると思います。社会福祉法人は、福祉の公益実現のパイオニアであったはずですが、2000年以降は、その存在意義が動揺しているように思います。政策的に考えれば、一部の社会福祉法人だけを優遇して非課税とするというやり方は、既に医療法人改革や公益法人改革でもなされていますので、社会福祉法人改革でも、こうした考え方が出てもおかしくない。そういう事態を想定して、社会福祉法人の経営モデルを改めて考え直してほしいと思います。
 社会福祉法人に対する非課税を主張しながらも、評議員会の設置は、経営権の制約になるし面倒だから作りたくないというのは、矛盾していると私は思っています。国民の信頼をうる経営努力が足りないのです。
 3つめに、社会福祉法人の経営には、地域における助け合いの文化を醸成する役割を担っていることを自覚していただきたいのです。社会福祉法人の経営に、どの部分が足りないのでしょうか。確かに、企業経営と比較すると、法人の組織は、経営的に未熟であるといわれるかもしれません。社会福祉法人が、市場原理をベースにした経営をめざし、企業の経営手法を学ぶのはきりがないと思っています。
むしろ、社会福祉法人本来の強みを生かすことが大切ではないでしょうか。市場ベースや行政サービスにも乗らない小さなニーズを発見して、利用者家族や地域とともに、その問題を自らの問題として考えるスタンス、これが社会福祉事業家の強みだと思います。行政が動く前に動いて、それを事業の形にしてバトンタッチしていく、というのが社会福祉法人の先駆性や開拓性であったはずです。これを大事にすることで、民間企業とは違う形で信頼が寄せられると思います。

田中先生は、地域住民から信頼されたら寄付をもらえるはずだし、それが信頼のメジャーになるとおっしゃっています。私もそう思っていますが、アメリカの福祉文化と違って、日本の福祉文化のなかでは寄付が定着してこなかったと思います。寄付が難しいのであれば、当面は、住民から協力してもらう、手を貸してもらうことが可能なのではないでしょうか。たとえば、地域の課題に対して、住民と一緒に考えて一緒に行動する、住民にはそのために協力してもらう。住民と一緒になって地域の課題解決に向けて助け合う仕組みづくりは、市場原理重視の発想からは生まれません。

 例えば、ごみ屋敷のごみの撤去を社会福祉法人が地域に呼びかけて実施した例があります。そのために自治会の協力を依頼する。あるいは、知人にトラックを貸してもらい、地域の主婦に片づけを手伝ってもらう。社会福祉法人が、市場モデルで動いている場合には、利用者の介護に対し住民から手を貸してもらうわけにはいかないでしょうが、ごみ屋敷のリセットなどの課題に対し、「地域で困った問題があって、これは個人ではなく地域全体の問題で、社会福祉法人も動くので、皆さんも協力してほしい」と、具体に説明して協力を求めることはできるはずです。社会福祉法人が中心となって、必要な役割分担を明確にし、課題に対してどう取り組むか地域住民と話し合いながら、取り組みを進める。これは、ごみ屋敷のリセット・フロジェクトという福祉事業を起業することになるでしょう。事業が軌道にのったら、それを自治会など住民組織にバトンタッチしていく。あるいは、事業の実施を自治体に託すことも考えられます。こうしたことに取り組むことも、社会福祉法人の経営課題とみるべきでしょう。

こうした活動を通じて、協力している地域住民は、社会福祉法人が地域のための法人の会計から費用を捻出する姿を見ることになります。こうした活動の実績があれば、あるとき、法人が「地域の課題を解決するために。こうした事業をやりたいけれど、いくらお金が足りない。寄付してもらえないか」と呼びかけたならば、地域住民の福祉のためにやる事業だと理解いただくことができますから、地域住民も納得して寄付するに違いありません。こうした取り組みによって、初めてその地域で寄付文化が生まれる。
 かつて、炭谷さん(元厚生労働省社会・援護局長)が、社会福祉基礎構造改革を手がけた時おっしゃった「社会福祉法人は福祉文化の担い手なのだ。福祉文化を作っていくのだ」。私は、そういう視点も福祉経営のなかにほしいと思っています。

次世代育成支援行動計画と公立保育所の役割

「次世代育成支援後期行動計画と公立保育所の役割」

九月に実施されました全社協による「公立保育所トップセミナー」の講演内容です。公立保育所の先生方が熱心に話を聞いておられました。公立保育所のめざすべき方向を皆さんと協議しました。



1.次世代育成支援後期行動計画の背景

(1)次世代育成支援対策推進法

 2005年4月に次世代育成支援対策推進法が施行されました。この法律は、少子化、人口減少、そして家庭及び地域を取り巻く環境の変化を受けて、次の社会を担う世代を育成するために、国を挙げて、地域及び職場における総合的な対策を推進しようというねらいで誕生したものです。
 九十年代には、専業主婦の家庭では2人以上の子どもを持つことが多いものの、共働きの家庭では一人っ子が多く、その結果として出生率が低下したと分析されていました。しかし、次第に専業主婦の家庭でも子どもの数が減り始め、少子高齢化が加速的に進行して人口が減少する社会が現実のものになってきました。こうした背景から、次代を担う子どもたちが健やかに生まれ、育成される環境整備にむけ、総合的かつ抜本的な対策が必要となり、次世代育成支援対策推進法が施行されました。
 次世代育成支援対策推進法は、各自治体に対し具体的な行動計画の策定を求めています。2005年から2009年までの5年間が、既に自治体において策定されている前期行動計画の期間でした。後期行動計画は、2010年から2014年までの5年間について、どのようなアクションを起こしていくのかを明らかにするものです。
また、2009年3月には、企業等での働き方を見直さなければ出生率は上がらないということから、次世代育成支援対策推進法の一部改正があって、一定の労働者を雇用する事業主に対しても、行動計画策定の義務付け、ならびに届け出が求められるようになりました。

2.公立保育所をめぐる今後15年間の動き

(1)地域間競争の時代へ

 次世代育成支援後期行動計画の期間である2010年から2014年までの5年間、さらにそれ以降の10年間で、少子高齢化が進み、その上に人口の減少傾向がより顕著になると思われます。そうなりますと、国レベルで産業構造が変化、地域コミュニティも大きく変容するでしょう。これまでの政治や社会のしくみも維持できなくなるかもしれません。過疎化が急速にすすみ、地域社会の維持が困難となり、これまでの生活や文化が廃れてしまう地域が増えるかもしれません。都市部においても、人口が流出する自治体もでてきましょう。自治体がこうした事態を回避しようと動き、まちづくりについて地域間競争が進む時代がやってくると考えています。
保育や子育て支援は、15年後、2024年に向けて、次代を担う子どもたちや親の支援というだけではなく、次代のまちづくりを考える視点を持つ必要があります。自治体としては、若い世代が「このまちで子どもを生んで、子育てをしたい」と考えて、わがまちを選んでくれるために、何ができるかを考えることが求められます。公立保育所の方にも、こうした視点をぜひ共有していただきたいと思います。
 さて、後期行動計画は、その最初の5年であり、重要なスタートラインですから、それぞれの地域は子育て世帯にとって住みやすいまちかどうか、子育てに優しいまちかどうかという視点で、後期行動計画の内容を具体的に考えていただきたいと思います。私は、保育所をたくさん増やすといったハード面だけでなく、地域の住民の子育てへの関わり方、地域における様々なネットワークづくり、子育ての喜びを分かち合う仕組みなどのソフト面も重要であると考えています。

(2)自治体を取り巻く厳しい財政状況

 前期行動計画の策定前夜の2004年に、三位一体改革の中で公立保育所の運営費が一般財源化されました。しかし、税源移譲といわれるほどには、国から各自治体に財源が返ってきていないという厳しい状況があります。また、平成の大合併で、約3,000あった市町村が現在は、1,772まで合併が進んでいます。しかし、合併が進んでも財政状況のよい自治体はともかく、財政基盤が脆弱な小さな自治体が集まって合併した場合では、合併した後も依然として財政事情が依然として厳しい状況にあります。 
これからの15年間には、公立保育所の建て替えが課題になる自治体が多いと思います。老朽化した保育所の維持管理費が余計にかかります。しかし、公立保育所を建て替えようと思っても、国からの補助が出ないので、一般財源から建て替え費用を確保しなければなりません。自治体としては、公立保育所を建て替えるべきかどうか大いに悩むところだと思います。財政担当者は、担当部局と将来の建て替え費用を見越して公立保育所をどうするのかについて協議することになるでしょう。彼らの立場からすると、厳しい財政事情のなかで公立保育所を建て替えることには、否定的な考えをもつのも、わからないわけではありません。建て替えなければならない自治体の施設は他にもたくさんあるからです。いずれにしても、自治体として、公立保育所をどう残すのかについて最終的な判断をしなければならないデットラインが迫っている状況にあると思われます。
 さらには、公立保育所の保育士の退職ラッシュも予想されます。そうした中で、将来の公立保育所の規模をどうするのか。退職した保育士の後補充をしなければ、当然規模は縮小することになります。保育士の新規採用のあり方も含めて、残すべき公立保育所の数を考えていく必要があります。
したがって、公立保育所を建て替えて、ある程度の規模を残して、その規模に準じた正規職の保育士を自治体に確保してもらうというシナリオを考えるならば、目標達成のために、これからの5年で公立保育所はどのような行動をとらなければならないのか。そうした視点で、後期行動計画での取り組みを考えていただきたいと思います。

3.公共性の視点から見た公立保育所の役割

(1)次世代育成支援行動計画の7つの大項目

 次世代育成支援行動計画では、国が作成したガイドラインにもとづいて、所定の事項についてニーズ調査を実施したうえで、必要なサービス整備の目標量を決定し、行動計画を作成することになっています。サービス整備の目標量を作成するのはそれほど難しいことではありません。ただ、私はこの目標量よりも大切なのは、市町村が総合的・抜本的な次世代育成支援の対策として何を行うのかというソフトの部分だと思っています。
 国からは行動計画に盛り込んでほしい内容を細かに掲げていますが、それを大きく分けると、次の7つの大項目に整理できます。

①地域における子育て支援
②母性並びに乳児及び幼児の健康確保及び増進
③子どもの心身の健やかな成長に資する教育環境の整備
④子育てを支援する生活環境の整備
⑤職業生活と家庭生活との両立の推進
⑥子ども等の安全の確保
⑦要保護児童への対応などきめ細やかな取り組みの推進

(2)行動計画における公立保育所の役割

 7つの大項目にしたがって、公立保育所はどんな役割を果たすのでしょうか。事業の実施にあたって、専門性を持つベテランの保育士の関与が役立つもの、あるいは保育士の関与によってこれまで以上に効果的な事業実施が期待できるものを十分に吟味して、何ができるかを考える必要があります。
 公立保育所は、行政の一つの機関として、保育や子育て支援の分野において事業の公共性を高める役割が求められています。保育事業における公共性とは何でしょうか。公共性とは、民間の市場になじまないもの、つまりサービスの対価を得て事業を行う仕組みになじまないもので、自治体による税の投入が必要だとされている事業が、公共性のある事業だと考えることができると思います。つまり、行政が掲げる様々な事業のうち、民間団体に委ねることが適切でないものであって、行政としても経験豊富な公立の保育士の専門性が必要なものは、事業の公共性の観点から、公立保育所が主体的に行うべきものだということになります。
 また、障害をもった児童や要保護児童などに対するきめ細かな対応も、公立保育所が中心となって行うべきです。こうしたケースは、自治体が責任を持って実施すべきものであり、行政組織における専門職として、保育・子育てに専門性をもつ公務員である公立保育所の保育士が関わることが望まれます。
 このほかにも、公立保育所には、保育所や学校、児童相談所等、他の行政機関などとの連携がとりやすい上に、公立保育所での実践で得たノウハウ、あるいは課題解決の方法を民間保育所とも共有化を図ることができます。また、それを行政の保育施策へとつなげやすいといった特性を備えています。公立保育所には、こうした特性を認識し、自らの地域において子育て支援にむけて何が課題かを把握し、具体的な一歩を踏みだしていただきたいと思います。

 4.行動計画の検証、評価にも公立保育所の声を反映させる

(1)後期行動計画にむけて

 みなさんの市町村では、前期行動計画における公立保育所の位置づけはどうなっていたでしょうか。公立保育所に対し「保育サービスの充実」「保育の質の向上」しか期待されていなかったところでは、後期行動計画のスタートにあたって危機感を持つべきです。この先、公立保育所の役割が行政や地域のなかで評価されない時代が続きますと、公立保育所数の減少、ひいては行政機関として保育に対する関心の低下、そして地域における保育の質の低下へとつながります。
 こうしたことを避けるためにも、公立保育所においては、後期行動計画づくりを担当する主管課とのコミュニケーションをとる努力が必要です。とくに園長、所長は、現場の意見をまとめながら、それを踏まえて「私たちは何ができるか」を主管課と絶えず話し合って、その内容を後期行動計画に反映させる準備をしていただきたいと思います。

(3)PDCAの中で事業評価と改善提案をする

 後期行動計画では、自治体は、自らの施策について、PDCA(Plan Do Check Action)のサイクルを回し、継続して事業を評価、見直していかなければなりません。前期行動計画においては、計画が終わった段階で次の計画をつくるために評価・見直しを行い、その内容を後期計画に反映すればよかったのですが、後期行動計画では実施している間に、ひとつひとつの取り組みにPDCAサイクルを回すことが求められています。こうした作業のなかで、保育士の経験や意見が生かせるものについては、公立保育所から具体的なデータとともに、活動実績にもとづく事業評価と改善提案をしていただきたいと思います。また、主管課におかれましては、こうした公立保育士の評価内容を次世代育成支援行動計画の評価見直しに反映する場を、PDCAの仕組みの中でつくっていただきたいと思います。こうした評価の積み重ねのなかで、公立保育所の役割について、自治体組織における共通理解がつくられていくものと考えています。
 そのためには、現場を巻き込んでリーダーシップをとっていく所長会・園長会などの組織の役割が大切です。現場の保育士の意見を主管課につなぎ、所長会が主幹課と協力・連携して事業の見直しに取り組んでいただきたいと思います。

(3)後期行動計画の中で公立保育所の役割評価の明記を

 現在、自治体では、前期行動計画の検証及び評価を終えたころではないかと思います。その中で、公立保育所による積極的な関与が望まれるものは何かを考えることが大事です。園長会、所長会などで、現在の事業のいくつかをピックアップして、現場の保育士の意見を吸い上げながら検証、評価していただきたいと思います。現場を反映したプロとしての公立保育所の評価を生かせば、後期行動計画の内容は充実します。
 国のガイドラインでは、次世代育成支援推進行動計画に、公立保育所の役割や位置づけを明記するようには求めていません。しかし、できれば肯定的な役割評価、さらには他の事業にも積極的な参画ができるように、後期行動計画の中で明記していただきたいと思います。
公立保育所はお金がかかるもので、近い将来建て替えも必要になる。だから、徐々になくなっていってもやむをえない。そうした思惑が自治体にあるとすれば、それを払しょくする努力をしていかなければなりません。後期計画の作成は、自治体における公立保育所の役割を再構築する格好のチャンスです。

5.公立保育所としての実績をつくる

(1)後期行動計画作成のプロセス

 後期行動計画の作成にあたって、本来望ましいのは、昨年あたりから後期行動計画における公立保育所のあり方を計画の全体像の中で検討して、それを反映させることです。しかし、現在の計画作成のスケジュールでは、こうしたことも既に難しいかもしれません。というのも、多くの自治体は、すでに前期行動計画の評価を行い、基本的な枠組みの内容を決め、目標水準などの協議が委員会において行われていると思われるからです。今後のスケジュールからすると、12月ぐらいには後期行動計画の草案が示されて、住民からのパブリックコメントを求めて必要な修正を行ったうえで、遅くても来年3月前半には庁内の承認をとりつける段取りで動いているものと思われます。
 後期行動計画作成のプロセスにおいて、とくに主管課が公立保育所の役割を「保育サービスの充実」以外に考えていない自治体では、これから公立保育所のみなさんと一緒に公立保育所の役割を検討して後期計画に反映させることは、スケジュール的には厳しいのが現状です。

(2)公立保育所アクションプランの作成を

 しかし、皆さん「もう遅いのか」とあきらめないでいただきたいと思います。先にのべたPDCAのサイクルをつうじて、公立保育所としての実績を積みあげ、それを後期行動計画の見直しに関わることは可能です。
 これと関連して、公立保育所のみなさんには、後期行動計画と整合性を持たせたうえで、皆さま方の市町村の所長会・園長会などで独自の「公立保育所アクションプログラム」を作成していただきたいと思います。たとえば、「保育の質の向上についてのプロジェクト」あるいは「こんにちは赤ちゃん事業」のその後のフォロー、食育推進、虐待防止、発達障害児の療育、地域の要保護児童への対応、家庭的保育人材育成など、地域の後期行動計画において求められていることを踏まえ、地域のなかで公立保育所としての役割や特性を生かすことができる取り組みをぜひ考えていただきたい。「既に実施ずみ」と考えず、他の自治体の実践例などと比較し、「うちでやられていないことはないか。もっと効果をあげる方法は考えられないか」と検証してみてください。その上で、公立保育所が地域に主体的に関与することにより、地域全体で子どもをいかに育てていくかについて、主幹課に提案し、庁内での合意形成に努めることが大切です。また、公立保育所アクションプランの作成については、公立保育所組織の中で保育士の意識改革に向けたひとつの手段と考えることはできないでしょうか。

6.民間保育所との立場の違いを認識しながら連携し、地域全体の保育水準を高める

(1)民間保育所との棲み分けと連携

 民間保育所も公立保育所も、どちらも認可保育所であり、児童福祉法39条を根拠にして、保育に欠ける子どもの保育を行い、子どもの健全な心身の発達を図り、保護者の支援を行います。あるいは、児童福祉法48条の3を根拠にして、地域の在宅の子育て家庭への支援、育児相談・助言、一時預かり、親子交流などを行います。
 そこで公立保育所にお願いしたいのは、同じ認可保育所ではありますが、公立保育所としての特性を際立たせていただきたいということです。こうしたセミナーでワークショップなどをやりますと、公立保育士さんから「こんなことがやりたい、こんなことができる」という提案がされます。しかし、庁内では「それは民間のほうが効率的」と思われるようなことを保育士さんが提案しても、主管課からの了解は得られません。
 どのような違いを際立たせたらよいのでしょうか。繰り返しますが私は公立保育所の公共性を重視するべきと考えています。民間保育所においては取り組みが困難であるもの、地域の子ども・家庭福祉の維持向上にむけ行政として果たすべき責任のあるもの、公立保育所の持つ強みを生かせるものに焦点化し、公立保育所アクションプランの活動内容を考えていくべきだと思います。

(2)認可保育所として、地域全体の保育の質の向上を

 公立保育所も認可保育所ですから、預かる子どもに対する保育の質を高めていくべきことは当然です。ただ、公立保育所は「子どもたちに、まじめに向かい合ってよい保育をしています」というだけでは、他の保育事業者との違いが見えてきません。公立保育所として置かれた立場の違いを意識しながら、認可保育所としての役割を高めることが大切です。
 たとえば、自治体が質の向上のために重要であると考えるスタンダードな保育や育児不安や虐待リスクのみられる保護者の支援を展開する。自治体が重点的に推進しようと掲げる先駆的な子育て支援事業を積極的に展開する。このようにして、「公共性=行政として関与する意義」を意識しながら取り組むことが大切です。また、民間保育所と連携しながら地域全体の保育の質を高めていくことも大切な役割です。公立保育所があるから、自治体の保育水準が維持されるのではなく、公立保育所と民間保育所が、それぞれの長所を生かしつつ連携していくことを通じて、自治体における保育の質が底上げされていくのです。公立保育所としてこうした成果を実証できるような活動を考えるべきです。
 たとえば、地域の子育て支援の実践とノウハウの共有化、自治体と民間保育園をつなぐネットワークづくりなどは、公立保育所としての特性を生かせる部分です。認可保育所という枠組みの中で、公立保育所だからこそ取り組むべきこと、もっと高めていくべきこと、深めていくべきことは何か。これは、庁内でも、十分に整理できていないと思われます。だからこそ、公立保育所からそれをより具体的な形にして明らかに、提案していただきたいと思います。

(3)認可保育所としての役割を超えた範囲として、期待される具体的取り組み

 たとえば、行動計画の中でいくつかを拾ってみれば、「幼稚園・保育所、小学校の円滑な接続のあり方を検討する」ということについて、公立幼稚園、公立保育所、公立小学校が一つのモデルをつくりながら、それを全市に拡大していくといったことが考えられます。こうした役割は、児童福祉法の中に具体的には書き込まれていませんが、公立保育所の役割として期待されているものと思います。自らの役割を発見し、作っていくのだという発想が必要です。
 また、働き方の見直しということで、地域の父親たちに対する親育て支援、子育ての喜びを分かち合うためのプログラムといったものも、本来は認可保育所の役割ではないかもしれませんが、公立保育所としてもすすんで取り組むべき分野であると思います。
 要保護児童対策地域協議会におけるニーズの把握や個別ケースの支援に関わることも同様です。あるいは発達障害児に関する啓発活動の展開も、本来は認可保育所の役割ではないかもしれませんが、後期行動計画の中では重要な課題として設定されているはずです。公立保育所はこういった領域にウイングを伸ばしていくことも大切だと思います。
 こうしてみると、公立保育所は、行動計画の対策推進の原動力、エンジンになり得る存在だというのがご理解いただけたでしょうか。しかも、規模が大きければ大きいほど、その推進力は大きなものになります。後期行動計画の進捗に公立保育所がかかわることは、公立保育所の公的な役割領域を広げ、その存在意義を高める格好のチャンスではないでしょうか。

(4)公的責任において取り組むべきこと

 後期行動計画での公立保育所の役割として、行政が公的な責任において取り組むべきことに焦点を当てることが必要です。たとえば、虐待防止や要保護児童への対応などについて、公立保育所も関連機関と連携して子どもを守るセーフティネットをつくっていくことなどが、その一例としてあげられます。そこでは、保育所や行政にアクセスせず、セーフティネットからこぼれおちてしまう保護者や子どもへの対応が課題になります。公立保育所の専門性を地域の中で生かせるのは、そうした部分だと思います。
 また、地域社会の子育て機能の向上、子育てに関する社会資源の開発やネットワークづくりなども、ベテラン保育士が多く行政機関でもある公立保育所の特性を生かすことができます。こうしたことに対しては、税金を投入しても住民に納得してもらえるのではないでしょうか。

(5)質的なデータを把握して保育行政に反映させる

 地域の保育の質向上にむけ、住民のニーズを把握することも、公立保育所の重要な役割になります。計画づくりの中ではアンケート調査を行い量的データを集めますが、これはシンクタンクに任せれば比較的簡単にやってもらえます。しかし、これだけでは大切なことが見えてこないことがあります。そこでこれを補うものとして大切なのが、保育士の経験を通じて得られた知(経験知)、言葉で語られる質的データです。これは、なかなか集めることができません。
公立保育所には、こうしたデータを集めることができます。たとえば、日々の保育や在宅家庭との関わりの中で、子どもの育ちに関する質的なデータを把握して、その経験知を言語化し、共同の学びの場で整理をして、主管課に返していくことができるはずです。
そうなれば、このような資料が、PDCAのサイクルの中で、重要なデータとして反映されることになります。公立保育所がそうしたデータを豊富に持ち、それを生かすことにより、公立保育所に対する自治体の首長の評価も変わってくるのではないでしょうか。
 たとえば、在宅の子育て家庭に対する支援の充実について、施策が想定しているニーズ以外にどのようなニーズがあるのか。地域にはどのような社会資源があって、現在の仕組みやサービスにはどのような問題があるのか。あるいは、どのような仕組みがあれば、そうしたニーズに対応できるのか。新たに求められる事業は何か。それに対して公立保育所ができるサポートは何か。こういったテーマについて、主管課がわかる形で整理してデータを渡せば、行動計画の内容もPDCAのサイクルの中で変わってくるし、主管課も公立保育所の存在価値を認めるのではないでしょうか。

7,将来の公立保育所のあり方

(1)これからの5年間は人材育成の期間

 公立保育所の将来のあり方について、後期行動計画の最終年である2014年ではなく、その10年後の2024年を意識したうえで、後期行動計画の5年間に何をするかを考えるべきです。そして、そこから導き出された将来のあり方に向かって、新しい役割を実践できる人材を育成していくことが大切です。将来の公立保育所は、単に認可保育所として保育に欠ける子を預かるだけの保育所ではあえません。もっと根本的に行政が設置した公立保育所でしか果たせない役割があるはずです。しかしながら、危惧していますのは、こうした役割を実践できる人材が現在の公立保育所にどれだけいるでしょうか。現在40歳代以上のベテランの保育士が15年後までに退職したとしたら、残りの保育士で担っていけるでしょうか。
 地域の子育て力をアップするために、地域の社会資源を把握して、支援体制づくりをすすめていかなければなりません。地域住民のネットワークづくりや、地域の子育ての課題を解決する力を磨いていかなければなりません。そのためには、地域にむけてのソーシャルワークのスキルが重要です。公立保育所において、ぜひとも地域におけるソーシャルワークを実践できる保育士を育てていただきたい。このようにして、公立保育所の将来の役割や機能を考えながら、それに携わることのできる人材を育てる期間としても、後期行動計画の5年間を位置づけていただきたいと思います。

(2)5年間の実績で公立保育所に対する評価は大きく変わる

 将来の公立保育所には、①公立の認可保育所としての役割、②行政組織のなかで保育士という専門職集団により構成される公立保育所が担うべき役割、③地域のネットワークの拠点としての役割が求められます。これらに関して、具体的な対応をアクションプログラムの中で考えていただきたいと思います。
 将来の公立保育所のあるべき姿として、次世代育成支援策において、公立保育所が認可保育所としての実践のみならず、通常の認可保育所の範疇からみて突出した部分、逸脱した部分をも、役割・機能として持つものを公立保育所として残っていくと考えています。どうしたらよいのか走りながら考え、ともかくも一つずつ「実績を積み上げていこう」という合意形成を図っていく期間が、後期行動計画の5年間だと思っています。公立保育士の意識も、実際の行動により変わっていくことでしょう。また、こうした5年間の実績によって、庁内における公立保育所に対する評価も大きく変わってくるのだと思います。

利用者本位の改革はどこまで進んだか

 都道府県社会福祉協議会に設置された運営適正化委員会において苦情解決の仕事をしていると、苦情内容からいまだこのような施設運営がされているのかと驚かされることがある。たとえば、「利用者の顔に雑巾を投げつけた」などの苦情がよせられたことがある。確かに、こうした例は極端なケースである。しかし、基礎構造改革から十年が経過しようとしているが、いまだ利用者本位とはいえない苦情は数多い。利用者の立場からみれば、苦情申し立てるまでもないものの、利用者本位の仕組みになったといわれても、実感できないというのが、正直なところかもしれない。
 現実の利用関係では、援助する側の都合が、個々の利用者の立場に優越する。措置から契約へと社会福祉の基礎構造が転換しても、現実の力関係は、援助関係において、決して対等などではない。社会福祉基礎構造改革は、利用者本位のサービスの提供を掲げていたが、改革の理念は内容空虚な幻すぎないのか、あらためて検証してみたい。

改革の理念としての利用者本位
 
  社会福祉基礎構造改革は、措置から契約へと制度の基礎構造を転換させ、利用者本位の福祉サービスを提供することをめざした。ここでの利用者本位とは、利用者の自己決定を尊重し、利用者によるサービスの選択と、一人ひとりのニーズや意向にもとづく個別ケアの提供を原則とするものである。また、この利用制度を補完するサブシステムとし、事業者に対する情報提供の義務づけ、サービス評価、苦情解決などの仕組みが創設された。また、個別の援助関係においては、個別支援計画の作成において説明同意を求め、虐待や不必要な拘束を禁止した。
 ここでの利用者本位とは、こうした社会福祉基礎構造改革を正当化する改革の理念のひとつであった。たとえば、社会福祉基礎構造改革の理念は、中央社会福祉審議会の中間まとめで、説明されている。改革の基本理念として、「個人が人としての尊厳をもって、家庭や地域の中で、障害の有無や年齢にかかわらず、その人らしい安心のある生活が送れるよう自立支援する」ことが確認され、改革の基本方向のひとつとして、「サービスの利用者と提供者の対等な関係の確立」をめざすことが掲げられた。社会福祉基礎構造改革では、対等な援助関係を確立し、利用者本位のサービスの提供をめざすことが改革の理念として掲げられ、措置から契約への制度構造の転換の必要性を訴えた。

経営理念としての利用者本位

 社会福祉法人の経営においては、こうした改革の理念は、どのように受け止められたのであろうか。社会福祉基礎構造改革により、社会福祉法人の経営環境に大きな変化がもたらされた。社会福祉法人のなかには、こうした外部環境の変化に自らの経営組織を対応させるため、あらためて経営理念を明確にし、中長期の事業計画や事業戦略を検討するなどし、組織が向かうべき方向を修正する法人もあらわれた。現在では、法人の経営理念として、「利用者本位の質の高いサービスの提供」を掲げる法人も少なくない。
 もっとも、理念を掲げてはいるからといって、利用者本位のサービスの提供を実践しているとは限らない。形式的に掲げているにすぎない法人も多数存在するように思われる。介護事業のように、国民のニーズが拡大し、市場が安定的に成長している状況においては、それでも経営は成り立つのであろう。しかし、新規参入により自らのサービスが地域の利用者から選ばれなくなるのではとの危機感をもつ経営者においては、経営が成り立つうちに、利用者の視点から自らのサービス提供はどうあるべきかについて検討しているに違いない。ここで大切なのは、こうした経営理念を組織においてどのように実践するかである。経営者自らの実践なくしては、組織構成員の意識改革はありえない。

個別の援助関係こそ、経営理念の具体的表現

 利用者本位のサービスの提供という経営理念をどのようにして組織に浸透させることができるか。まず、第一に、経営者自ら職員に対し、なぜ利用者本位のサービスの提供が大切なのかを繰り返し、説き続けることである。職員に対して、「自分の親をうち施設に入れたいと思うか」「入居していただいて最後に親孝行ができたと思えるか」と問い続けるとよい。第二に、職員にも「そうした施設になるにはどうしたらよいか、利用者・家族の視点から意見を述べてほしい」と募ることの大切である。職員のなかにも、日ごろから心の中で「こうしたら、もっと利用者から喜ばれるのに」と思っている人は多い。こうした意見を業務の見直しに反映させる仕組みをつくる。そして、第三に、こうした利用者本位のサービを提供するための業務改善をひとつひとつ実践し、積み上げていくことで、利用者からも笑顔で「ありがとう」と感謝される、それによって職員の仕事に対するモチベーションが高まる。ひいては、経営者の安心・満足にもつながるという良い循環がうまれる。
 職員による利用者への関わりが、法人が提供する福祉サービスである。現実の援助する側と援助される側との関係において「経営理念」が伝わることが大切である。言い換えると、実際に職員により提供されている福祉サービスこそが、経営理念の具体的表現とみるべきである。経営者や管理者は、こうした視点から現場ににたって、自らかがける経営理念が利用者・家族に「価値あるもの」として伝わっているか、日々確認する努力を怠ってはならない。利用者家族から信頼され、事業を継続的、持続的そして発展的に経営するためにも、こうした経営者の努力が大切であると考える。