2011年10月9日日曜日

公立保育所の民営化について考える 神戸市枝吉保育所民間移管

神戸市、市立保育所、枝吉保育所の民間移管について、保護者が神戸市を相手どって訴訟を提起した時に、神戸市から意見書を求められました。

関川が平成20年5月、神戸地方裁判所に提出した意見書です。

裁判は、第一審原告敗訴。最高裁までいきましたが、上告棄却、原告敗訴で終わりました。

実は、私は「隠れ公立保育所ファン」ですが、民営化推進の立場にあるようです。

現在は、京都市の市営保育所の今後のあり方についての審議に委員として関わっています。



1 公立保育所の移管に求められるもの


自治体が公立保育所を廃止する場合には、利用する保護者や子どもの生活と密接に結びついたものであるから、利用する保護者の生活に著しい不便や不都合が生じないように、また保育所に通う子どもの最善利益に十分な配慮を行うべきものと考える。

公立保育所を民間法人に移管しても、当該法人により同じ場所において認可保育所が運営される場合には、利用する保護者の生活には著しい不便は生じない。しかし、児童福祉法においては、保護者には自ら選択した保育所において保育を受ける権利(法的利益)があること、民営化は保育者が全員変わるなど子どもの保育環境に大きな影響を及ぼすものであることなどを考えると、民間移管については、移管法人の選考、保護者に対する説明および意見の聴取、引継ぎおよび共同保育の方法、移管後の保育の内容などについては、十分な配慮が必要である。

(1)移管法人の選考について

 移管先法人の選考は、移管後の保育の質の低下や保護者とのトラブルを引き起こすことのないように、適正に行う必要がある。
保育所選択に関わる保護者の利益を考えると、民営化する法人の選考にあっても、事前に保護者の意見を聴取し、そうした保護者の要望に対しどのように考えるかを尋ね、候補となる法人のそれに対する基本的な考え方などを選考審査においても重視することが望ましい。
公立保育所の民間移管に対し、保護者意見を反映させ、保育の質を確保するため、法人選考にあたって、選考委員に当該移管対象保育所の保護者代表を選考委員に任命している自治体もある。

 移管法人の選考は、法人の理念や移管後の保育所運営に対する考え方、経営体制、保育内容などを総合的に判断し決定することになる。保護者の意見・要望をすべてかなえられない場合もありえよう。しかし、候補となる法人のいずれにおいても、移管後において現在の公立保育所の保育水準を維持することが難しいと判断される場合には、該当法人なしとの選考結果もやむをえないものと考える。

 神戸市枝吉保育所の移管先法人の選定においては、①審査会に保護者委員を選任し、法人ヒアリングを公開で行っていること、②法人選定委員会による選考において、該当法人なしとの判断し、再募集を行っていること③法人現地説明会においても、保護者会代表より保護者会の要望を直接参加法人に対し伝える機会を設けていることなどからすると、保護者の不安に配慮した選考が行われたと評価してよい。

(2)保護者に対する説明および意見聴取

 移管候補となる保育所の保護者に対しては、繰り返し移管の目的や移管後の条件、保育の内容などを説明する必要がある。また、移管先が決定した後においては、自治体は、移管先法人と保護者代表を交えて、移管後の具体的な保育内容や共同保育の体制などについて説明、意見を聴取する機会を設けることが求められる。

移管を前提とする共同保育の在り方や移管後の具体的な保育内容についての協議の入る前に、保護者が民営化について不安に思い民間移管の白紙撤回を求めて譲らないことも想定される。保護者の立場からすれば、移管の目的や必要性を説明されても、「移管対象となるのが、なぜわが子の通う保育所なのか」と納得できないのは当然であろう。民間移管を進める自治体においては、一方的に民間移管のスケジュールのみを説明し、反対という保護者の意見を聴取しただけでは、十分ではない。保護者の不安や怒りに対しても受容し、傾聴・共感しつつ、こうした保護者の意見や要望を、可能な限り民間移管のプロセスに反映させる努力が重ねることが求められよう。

 神戸市枝吉保育所の保護者に対する説明会は、次のように行われている。
 ① 平成17年12月27日
 ② 平成18年 1月29日
 ③ 平成18年 4月23日
 ④ 平成18年 5月28日
 ⑤ 平成18年 6月18日
 ⑥ 平成18年 9月17日 
 ⑦ 平成18年11月 2日
 ⑧ 平成18年12月17日
 ⑨ 平成19年 2月11日 
 ⑩ 平成19年 3月11日
 ⑪ 平成19年 3月17日
 
これをみると、回数を重ねているものの、神戸市が既に決定していた民営化のスケジュールに変更がないこと、提案された共同保育の内容が十分でないことなどから、必ずしも当該保育所の廃止・民間移管に対し保護者の理解を得られなかったことがわかる。こうした保護者説明会の経緯をみると、事態はこう着状態に至っており、保護者から説明会の参加を拒否された段階において、少なくとも手続き的に見る限り、民間移管の担当者に求められる説明および保護者からの意見聴取の努力が尽くされているように思われる。

(3) 引き継ぎ・共同保育について

引き継ぎ・共同保育とは、保育の内容を引き継ぎ、保育士が入れ替わることによる子どもたちへの影響を最小限にするために、移管前に実施される。民間移管を進める自治体が、保護者に対し民間移管後も公立保育所の保育内容が引き継がれることを約束する以上、引き継ぎ・共同保育体制やスケジュールについても、十分な情報提供と説明が求められる。

① 移管先法人決定された後、当該法人に対し、公立保育所の実施してきた体制について、保育方針や指導計画、各種行事、給食、保健・衛生などを定めた書類を移管法人に引き継ぐことになる。移管先法人にとっては、これまでの公立保育所の保育内容を引き継ぐことが、移管の条件とされることが通例といえる。また、移管後においても、こうした内容が引き継がれることに対し、自治体は責任をもつ必要があると考える。

② 共同保育は、移管後の保育を適切に行い、保育士が入れ替わることにともなう保育環境の変化が子どもたちに与える影響を最小限度のものにするためのものであり、共同保育の実施に当たっては、子どもの最善利益を尊重し、十分な配慮が必要である。
まず、共同保育を始めるに当たっては、自治体および移管先法人により「共同保育計画」を作成し、保護者に提示することが大切である。次に、こうした「共同保育計画」について、保護者側からの意見を踏まえて、自治体、移管先法人、保護者代表の三者によって協議した上で、共同保育を始めることが望まれる。

③ 共同保育の期間は、二ヶ月から六ヶ月まで自治体によって様々であるが、三ヶ月とする自治体が多いように思われる。共同保育の期間が三ヶ月で十分かどうかは、実施される共同保育の体制や内容に関わってくるので一概にはいえない。共同保育の趣旨が、保育環境の変化が子どもたちに与える影響を最小限にするものであることからすれば、子どもたちの様子をみながら共同保育の期間が相当であるか否かについて検討する必要があるように思われる。

実施される共同保育の体制や内容、移管先法人の保育士の力量、保護者の理解、子どもたちの状況などに応じて、事例によっては三ヶ月で十分の場合もあろう。しかし、三ヶ月では十分でない場合も考えられる。したがって、当初の計画通り共同保育を実施しても、子どもたちの状況からみて、従来の保育士の関与が必要と考えられる場合には、移管後も共同保育を続けるなどの柔軟性が必要である。

④ 神戸市が当初予定していた共同保育の体制や方法で十分であったかどうかについては検証できない。しかし、神戸市枝吉保育所の移管において実施された共同保育の体制は、手厚いものであったということができる。
共同保育は、4月6日から6月30日まで行われているが、実施当初から神戸市枝吉保育所の保育士20名(パート6名を含む)と移管先法人の保育士12名によって共同保育が始められている。

共同保育計画をみると、子どもとの関係、保護者との関係に注目し、年齢別のそれぞれのクラスごとに、こまやかで具体的な課題が設定され2週間ごとに見直している。
最初の一カ月は、公立保育所の保育士が主体となって保育を行い、移管先法人の保育士が補助に入りつつ、公立保育園の保育内容や子どもの状況の把握に取り組んでいる。次の一カ月は、移管先法人の保育士が主体となって保育を行い、公立保育所の保育士が補助に入りつつ、「クラス全体の一日の生活を見通して保育を組み立てる」など具体的な課題を設定し、これに対する公立保育士の気がついたことなどを意見交換しつつ、公立保育所の保育の質を維持するべき留意点を一つひとつ確認し、共同保育を実施していることが確認できる。

また、共同保育が終了後移管した以降も、公立保育所の保育士を一定数毎日終日配置させ、直接保育に関わらないものの、保育の見守りや確認を続けている。移管後最初の一ヶ月の体制は、以前の所長と保育士、計5名が終日配置され、移管先保育所の保育士の保育を見守り、移管先保育士による保育について気がついたことを法人に伝えるなどし、フォローアップに取り組んでいる。さらに、次の二ヶ月は、以前の所長と保育士、計3名が配置されフォローアップを続けている。移管先保育園の保育士から運動会などの行事についての相談を受けアドバイスするなど、保育内容の継承に役立っている。

こうしてみると、枝吉保育所における共同保育およびフォローアップは、4月から9月末まで6か月行われており、子どもたちの影響を最小限にし保育の質を確保するために必要な措置がとられているものといえる。

また、移管先法人も、公立保育所における保育パートを保育士に採用し、慣れ親しんだ保育士がすべていなくなるということのないように配慮している。移管先法人おける優れたパート保育士の継続雇用は、公立保育所の保育の継承にも有効であろう。
以上のように、実施された共同保育の体制および内容、保護者に対する説明・協議も丁寧に行われていることを考えると、移管後の保育の安定や継続に配慮しつつ、子どもたちに及ぼす影響を最小限にするための措置がとられているものと評価することができる。

2 公立保育所の民営化による保育の質の低下について


公立保育所は、子どもの最善利益を優先し、保育所保育指針もとづきに一人ひとりの子どもの発達を尊重する保育に熱心に取り組んできた。公立保育所の民間移管によって、移管後に保育の水準が低下し、子どもの育ちに重大に影響が発生するものであってはならない。
公立保育所を民間移管しようとする自治体は、公立保育園における保育準の継承を大切にし、移管後も移管先法人の行う保育の質に対して適切な関与を継続する必要がある。民間移管によっても、同一水準の保育を確保することは、民間移管を実施する自治体の責任でもある。

(1) 公立保育所並みの保育水準を確保

公立保育園を廃止し民間保育園に移管すると、必ず保育の質が下がるというものではない。確かに、移管先法人が引継ぎ条件を誠実に守っているとしても、保育士集団が異なる以上は、まったく同一の保育を行うことはありえない。しかし、公立保育所と比較しても、遜色ない水準の保育を行う民間保育園も存在する。これらをみると、民間保育所が、公立保育所と比較して、必ず保育の質が劣るという客観的な裏付けは乏しい。民間移管をしても保育水準が低下しない法人を選考し、公立保育所と同水準の保育を確保することは可能であると考える。

移管先法人に対し、移管後しばらくして第三者評価を受審することを義務付け、評価結果を公表させる自治体もある。また、保育水準の確保のためには、移管後の保護者アンケート調査の実施、自治体との意見交換の実施、苦情解決に向けた自治体の指導も必要である。また、こうしてもなお移管先法人として求められる保育の水準を確保できない法人に対して、自治体として、どのように対処するのかも明らかにしておくことが望まれる。


(2) 保育の質について

公立保育所を利用している保護者のうちには、公立保育所の保育の質が高いことから公立保育所を選択した者も少なくない。こうした保護者は、民間保育園は質が劣ると考えているので、公立保育所の民営化=保育水準の低下と受け止めてしまう。

保育の質に関する議論は、保育に関する研究者の間でも、評価の軸や対象が食い違うと、話がかみ合わない。「公立保育所は、保育士の加配があり、経験豊富なベテラン保育士が勤務しているので、質が高い」と信じて疑わない研究者もいる。こうした立場からは、民間移管は保育の質の低下、公的責任の後退をもたらすものとされる。

保育の質は、設備ハード面の保育環境、一人ひとりの子どもの発達に配慮した保育の内容、多様なニーズに応じた保育事業の内容、保護者への対応、質の改善の仕組みや実際の取り組み、利用者満足など、さまざまな面から総合的に評価しなければならない。保育士の経験年齢は、保育の質に関わる要素のひとつではある。

しかし、経験豊富な保育士が多い公立保育園のなかでも、保育の質にはバラつきがある。公立保育所においても、事故は存在するし、子どもの受容が十分でない、保育士の連絡ミスなど、保育の質に関わる保護者からの苦情もある。経験年数だけで保育所の良し悪し、保育の質が決められるものではない。

(3) 保育の質の評価

医療や福祉の質については、「構造」「プロセス」「成果」の三つの側面から評価する手法が考えられている。構造とは、保育園の園舎、園庭、設備、職員配置の体制などが含まれる。保育所運営の基準にもとづく監査などは、主として構造に関し評価するものといえる。プロセスとは、保育を実施する手順や方法に対する評価である。福祉の第三者評価は、こうしたプロセスの評価を行っている。また、第三者評価における保育の追加基準は、保育所保育指針をもとにした基準である。成果に対しては、利用者の満足などが評価の対象となる。利用者満足度調査などの評価手法がある。

公立保育所の民間移管において、枝吉保育所の移管のように、既設の建物を移譲する手法をとる場合には、保育士の配置人数が同一であれば、構造評価からみると、保育の質に大きな違いはないので、概ね移管前と同水準の保育を受けることができるといえる。

したがって、保育士の経験年数の違いが保育の質に反映されるとすれば、プロセス評価や成果評価に表れるものと考える。しかしながら、福祉サービス第三者評価における評価結果から見る限りでは、民間保育園が明らかに公立保育所と比較し劣るといえない。前述の保育に関する追加基準、保育計画、保育環境や保育内容、事故対応からみても、すべて(a)評価の民間保育園も珍しくない。

大阪府社会福祉協議会による保育の第三者評価に関わっている経験からいえば、高い保育の理念を掲げ、子どもの最善利益を尊重し、国の定めた保育指針にもとづき、子ども一人ひとりの育ちを大切にする保育の実践に取り組む民間保育園がある。こうした民間保育園では、若い保育士が多いという部分を保育士のチームワークで補い、公立保育所と比較しても遜色ないほどの質の高い保育の実践ができているところも少なくない。なお、公立保育園の受審件数は少ないが、受審したすべての公立保育園がすべて(a)評価というわけでもない。

また、利用者満足という立場から、成果を評価する限り、公立保育所と民間保育所を利用する保護者の満足度に大きな違いはみられないように思われる。既に幾つかの自治体が行っている調査からは、むしろ、公立保育所の利用者の方が満足していないという評価結果も存在する。公立保育所であるから利用者の満足が高いというわけでもない。

(4) 移管後の保護者自身の評価

 公立保育所の民間移管においては、移管後トラブルが多い保育園の例が紹介され、保護者側においても子どもに重大な影響がでたらどうしようと不安が広がる。これが、わが子が笑顔で新しい保育園に通うようになると、民間移管に対する保護者の評価も変わる。

移管後しばらくして、保護者に対しアンケート調査を行ってみると、大部分の保護者が移管先の民間保育園による保育の質に対し不満や不安もっていないことがわかってきた。神戸市においても、こうしたアンケート調査を行っているが、同様に他の自治体によるアンケート調査でも同じような結果となっている。

 先行し公立保育所の民営化に取り組んできた尼崎市は、平成十年度から移管した15カ園すべてについて、その保護者に対し「民間移管保育園における保護者アンケート」を実施した。これによると、以下のような個別の保育内容に関する質問に対し、大部分の利用者が「満足」「概ね満足」と回答している。

 保護者の意見や提案を話したり伝えたりすることについて(78.4%)
 保護者の意見や対案に対しての対応について(76.1%)
 子どもの保育に対する保育の熱意や愛情について(88.1%)
 送迎時の対話や連絡帳などで、お子さんの日々の様子を知ることについては(84.7%)
 散歩や園庭での遊びの機会については(86.1%)
 図画工作、絵本、音楽など様々な体験ができるような配慮については(84.2%)
 運動会や生活発表会などの行事の内容については(73.6%)
 子どもの発育を促すような遊具やおもちゃなどの玩具については(84.2%)

同調査では、公立保育所から引き続き民間移管した保育園に預け、現在でも子どもを保育園に預けている保護者を対象とした質問項目を設けているが、9割近い保護者が民営化により保育園が変わることに「不安があった」「不安が少しあった」と回答していた。これに対し、7割以上の保護者が「現在はその不安は解消された」と回答している。

アンケートからは、子どもは喜んで通っており、保護者は安心して子どもを預けていることも、明らかになっている。これらをみると、公立保育所と比較し、保育士の経験年齢に違いがあっても、移管後の保育園に対する保護者自身の評価では、保育の質が落ちて不満足という評価結果となっていない。

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