2010年2月11日木曜日

地域における社会福祉法人の経営課題

月刊福祉の特集で、執筆したものです。

社会福祉法人による社会福祉事業と地域貢献は、いずれも重要な事業ドメインに位置づけられるべきものとして考えてみました。



1 地域における社会福祉法人の存在意義

社会福祉法人とは、社会福祉法が定める社会福祉事業を行うことを目的とし設立された特別の公益法人である。社会福祉法人は、第一種社会福祉事業として福祉施設を経営し、あるいは第二種社会福祉事業を展開している。こうした社会福祉法人の存在は、地域社会にとってどのような存在意義をもつのであろうか。
制度的にみれば、社会福祉法人の存在意義とは、供給主体が多元化するなかでも、市場原理に対する対抗軸として公益を重視する供給主体の役割をあげることができる。さらには、地域に居住し福祉サービスを利用する利用者や家族にとっては、社会福祉法人が社会福祉事業である社会福祉施設を経営し、また地域において様々な居宅サービスの事業を展開していることに対しては、身近に利用できる福祉サービスが整備されているとして、素直に喜ぶことができるかもしれない。実際に、社会福祉法人や施設関係者は、こうした地域の利用者、家族から「ありがとうございます」と感謝されているに違いない。社会福祉事業を通じて地域の福祉に貢献してきたという意識は、地域の利用者、家族との関係の中で醸成されているとみることもできよう。
しかし、利用者や家族も、地域の福祉サービスの担い手は社会福祉法人でなければならないと考えているか、問い直してみる必要はないであろうか。たとえば、身近にある福祉サービスの担い手は、信頼でき質の高いサービスを提供する事業者であれば、誰でもよいのかもしれない。そうだとすれば、利用者や家族からみても、社会福祉法人が地域に存在しなければならない理由は、必ずしも絶対的なものではない。社会福祉基礎構造改革により、措置から契約へと福祉の基礎構造が転換し、多様な供給主体の参入が可能となった。民間企業や医療法人、NPOなど、他の事業主体の参入が進むと、必ずしも社会福祉法人の提供するサービスに頼る必要もなくなる。結果として、相対的にみて会福祉法人の存在意義は低下、希薄化する。ましてや、福祉サービスの利用と接点をもたない多くの地域住民からみると、地域における社会福祉法人の存在意義など、日ごろの日常生活のなかで殆ど意識されないことが多い。社会福祉法人の実践を通じ、社会福祉法人の存在意義である「公益性」や「公共性」に対し、共感し敬意を払う地域住民がどれだけ存在するかと考えてみると、地域社会における社会福祉法人の存在意義は必ずしも大きいとはいえない。

2 社会福祉法人による地域貢献に対する評価

もちろん、社会福祉法人の地域における日ごろ地道な活動や貢献が十分に地域住民に知られていないことも、こうした地域における社会福祉法人の評価と関係する。全国社会福祉施設経営者協議会では、平成十五年から社会福祉法人による地域貢献の実績を調査し、社会福祉法人における地域貢献に向けた「1法人(施設)1実践」活動事例集をとりまとめ、発表している。たとえば、①地域ニーズの対応②福祉教育・人材育成③関係機関・団体との連携などの実践が報告され、興味ぶかい。こうした地域貢献は、社会福祉法人として求められる「公益性」や「公共性」を高める経営努力のひとつと評価してよい。
しかしながら、法律が定める社会福祉事業の枠組みから外れる地域の福祉ニーズに対し、社会福祉法人がこうした活動や事業を展開していることについて、それを「地域貢献」と呼ぶことには、若干のためらいを感じる。たとえば、企業の地域貢献についてみると、本来の営利活動を行いながらも、事業の利益などを還元し、社会的責任(CSR)の一環として位置づけ実施しているものを、地域貢献と呼ぶことが多い。社会福祉法人の地域貢献も、本来業務が法定の社会福祉事業であり、この利益の一部を地域に還元するために、幾つかの活動を行い、公益貢献しているという理解でよいのであろうか。
社会福祉法人の使命からみると、地域住民の暮らしのなかで存在する様々な福祉ニーズに対応することは、社会福祉の実践それ自体であり、本来業務と呼ぶべきものである。社会福祉事業として位置づけられているものだけが、社会福祉法人の本来業務ではない。たとえば、地域社会におけるセーフティネットの構築に向けた様々な取り組みなどは、制度化されていないニーズに対応する活動であっても、社会福祉法人の経営戦略の上では、自ら掲げる使命にもとづく本来業務のひとつと位置づけるべきものと考える。社会福祉法人は、こうした地域ニーズに対し、対価の支払いがある無しに関わらず、法人自らの使命として事業を展開する非営利組織であるから、尊い存在とみるべきである。
社会福祉法人の存在意義は、市場原理に対抗する公益性や公共性を自覚した経営のあり方や制度ビジネスの枠組みを超えた事業展開にみられるような先駆性や開拓性が認められる事業展開にある、と考えている。こうした部分で、民間企業など他の供給主体と比較し、信頼される存在であることが大切である。制度ビジネスとして、所定の社会福祉事業を経営するだけでは、こうした存在意義は認められない。

3 地域におけるソーシャル・マーケッティングの実践

ドラッカーは、『非営利組織の経営』において、組織の掲げる使命を重視していた。NPOなどの非営利組織においても、経営が必要であることはいうまでもないが、自らの使命を実現するために、マネジメントの戦略や方法を活用できると考えられている。
社会福祉法人も、非営利組織のひとつであり、同じように考えることができる。大切なことは、自らの使命として、定款やホームページにおいて、地域社会への貢献を宣言することではない。掲げた使命をいかに実践するか、具体的な行動の適切さと成果が、経営において問われるべきである。
非営利組織の目的とは、地域社会と住民の暮らしをより安心できるものに変革するにある。社会福祉法人についても、非営利組織として存在意義を発揮するためにも、実践内容がこうした目的にかなったものとなっているかが問われている。したがって、「地域において社会福祉施設を経営しています」というだけでは、社会福祉法人の存在意義や目的にてらしてみると、実践内容が不十分であるというほかない。
大切なことは、法人の掲げる使命にもとづき、事業ドメインを明確にし、中長期の事業計画を定め、地域における事業戦略を構築する。制度化されていない住民の福祉ニーズに対応することも、本来業務として、自らの事業ドメインに位置づけられるべきである。そして、経営のプロセスにおいて、地域のセーフティネットの構築に向けて、制度化されていない福祉ニーズをどのように把握し、どのように対応するのかなどについて、必要な経営資源の配分も含め、具体的な経営戦略が必要と考える。
たとえば、①地域にはどのような福祉ニーズが存在しているか把握し、②自らの法人や施設に適したニーズを選び、③法人の事業や活動によって、しかるべき成果をあげることが可能かどうかを見極め、④事業対象を自ら組織の強みを発揮できるものに絞りこみ、⑤地域社会と協働しつつ、法人の使命にもとづき行動する、ことが大切である。先述の社会福祉法人の地域貢献事業の内容を見る限りでは、こうした事業戦略にもとづいて展開されているとは思えないものも少なくない。社会福祉法人の存在意義が際立つ事業戦略が求められる。
コトラーは、『ソーシャル・マーケティング』において、地域社会や住民の問題を解決するために、マーケティングの考えや実践が有効であると述べている。アメリカでは、非営利組織や団体のみならず、政府機関や自治体、関係機関もが、様々な社会問題の解決のために、マーケティングの考えや手法に学び、課題解決の実践に結び付ける活動を展開している。
営利組織であれば、マーケティングの目的や成果は明確で利益を上げることである。これに対して、行政組織や非営利組織におけるマーケティングの目的や成果とは、利益をあげることではない。住民の考えや行動を変革し、取り組みがめざしている地域社会の良好な状態を作り出すことである。社会福祉法人の経営成果について、あらためて考え直す必要がある。
コトラーによれば、マーケティングの基本的な考え方、四つのPにもとづいて事業戦略を考えることが大切である。第一に、事業や活動によってもたらされるものを明確にする、プロダクトの問題である。第二に、事業を推進し、所定の成果をあげるための財務管理、プライスの問題をどう考えるか。第三に、対象者にとってのアクセスをより便利なものにするなど、プレイスの工夫も必要である。第四に、事業について、対象者や地域社会に対し的確なメッセージを伝えるなど、プロモーションの問題も検討する必要がある。事業を遂行し、成果を達成するには、財務管理は必要である。しかし、利益を上げる続けることが目的化してしまうと、
こうしたソーシャル・マーケティングの視点から、法人が現在取り組んでいる地域貢献事業についても、①本当に地域に必要とされているものか、②地域の課題解決に効果のある実践・対応がとられているか、③結果として、地域の住民の考えや行動の変革につながり、地域において新しい絆を作り出すものとなっているか、など地域住民とともに検証してみることが望まれる。
こうしたことが、社会福祉法人の地域における存在意義をあらためて問い直すきっかけにもなるであろう。地域が悩んでいる課題とズレていたならば、地域からは法人が思うほどには評価されない。社会福祉の課題解決に役割を特化した非営利組織としての存在意義も希薄化してしまう。逆に、社会福祉法人が存在しながら、NPOの存在が地域において際立ってみえるならば、事業の再構築が必要である。

4 公共性の高い社会福祉法人の経営をめざして

 福祉ニーズをもつ住民が住み慣れた地域において安心して暮らしていくためには、国や自治体による年金・医療・介護福祉・生活保護といったセーフティネットの充実が必要である。しかし、こうしたセーフティネットは、一人ひとりの生活ニーズに柔軟に対応するものではないため、地域にはこうしたセーフィネットでも対応できない福祉ニーズが存在する。地域社会からも孤立し、支援が必要であるにも関わらず、自ら十分な知識がないため、セーフティネットにアクセスできない人もいる。こうした人を地域で見守り、相談を受け、フォーマル・サービスやインフォーマルサービスにつないでいく実践が求められている。
本来、セーフティネットにより保護するべきニーズに対しては、国や自治体による公的責任で対応するべきものである。しかし、福祉ニーズが制度の隙間にあるため、自治体による解決が期待できない場合には、誰がどのように対応したらよいのであろうか地域福祉の課題であるから、地域の社会福祉協議会や自治会・町会に任せていたらよいのか。地域の助け合いの絆も、地域福祉の主たる担い手であった住民の高齢化により、脆弱化・希薄化している。また児童虐待、DV、引きこもりなど、ニーズも複雑でかつ専門的知識が必要とし、社会福祉協議会を中心とする住民相互のインフォーマルな対応にも限界がある事例も存在する。制度があろうとなかろうと、こうした人に対し支援の実践が地域に必要であり、地域において必要な支援体制(セーフティネット)がつくれないこと自体が、地域の課題といえる。
こうしたセーフティネットの構築は、自治体が担うべき課題である。これらは、私人や企業の営利行為として行うことが期待できないから、市場の役割ではない。そして、市場がニーズ対応しないからこそ、住民ニーズに対し公共業務の担い手である自治体が対応する必要がある。自治体が機能不全を起こしているため、本来セーフティネットにより対応するべき福祉ニーズにも対応できないのであれば、自治体に代わって公共業務を担う主体が必要である。社会福祉法人には、こうしたニーズに対応する「新たな公共」として、市民やNPOとともに、セーフティネット構築に参画することが期待される。
 たとえば、大阪府社会福祉協議会老人施設部会が、社会福祉法人による社会貢献事業に取り組んでいることが知られている。この事業のもとで、各社会福祉法人は、施設にコミュニティソーシャルワーカーを配置し、制度や社会のはざまにある生活困窮者に対し、相談にのり・制度につなぎ・食費や光熱水費、家賃や引越し代などを賄うため経済的支援を行う活動を行ってきた。経済的援助を行う基金の財源についても、メンバーである社会福祉法人が寄付をしている。
生活困窮の背後には、様々な福祉ニーズが存在する。たとえば、①うつ病のため失業している事例②父子家庭で父親本人に精神障害があり、就労困難な事例③引きこもりの成人した子どもと同居する高齢者の事例④母親および義父から虐待を受け、逃げ出してきた未成年の女性、⑤包丁を振りかざすなど、夫からの虐待に耐えられず、着の身着のままで、逃げ出してきた女性⑥アルコール依存や薬物依存の事例などである。
なかには、経済的援助から生活保護につないだ後も、継続的な見守りが必要となる事例も少なくない。社会福祉法人が地域社会の課題解決のパートナーとして活動し、新たな公共としての存在意義を発揮している経営実践の一例である。また、こうしたコミュニィ・ソーシャルワーカーによる個別支援の実践事例の積み上げから、地域の福祉ニーズ全体を分析・把握し、地域とともに課題解決のための法人による新規事業につなげる、自治体に対し新たな事業展開を提言するなどが望まれる。いずれも、公共性の高い法人経営に向けて、地域における事業戦略を考える大切な視点である。