2010年1月13日水曜日

社会福祉経営の公共性

社会福祉法人の経営を問い直す

昨年二月に行なわれた経営協の研修において話した内容が、雑誌「経営協」五月号に取り上げられています。以下の内容は、関川発言部分です。あらためて、社会福祉法人の経営は誰のために行なうべきものなのかと考えてみました。


社会福祉法人ならではの経営モデルの確立
【関川】私は、現在社会福祉学科にて福祉の法律を教えています。法学部で、労働法や社会保障法を学び、現在は社会福祉の法律を専攻しておりますが、若いころは、現場についての知識が十分なかったこともあって、社会福祉法の社会福祉法人制度や社会福祉に関する法制度が改正されるとその内容について、施設長や法人理事長と一緒に検討しながら、法律が社会福祉法人に対し求めている経営とは何だろう、と考えてきました。

 最近、全社協の「社会福祉学習双書」を書かせていただいて、社会福祉経営と組織の部分を武居さんと一緒に分担執筆しました。これを機会にあらためて福祉経営について考えてみたのですが、双書では、法人理事会によるトップマネジメントとしてガバナンスも大事、コンプライアンスも大事、リスクマネジメントも事故に限らず重要です。これらは、施設の現場職員が決めることではなく、トップマネジメントで決めていく必要がある。しかるべき経営理念に基づいて、中長期計画を立て道筋を示して、そこに向かって舵取りをする。サービス管理や人事労務管理、財務管理や設備保守管理などが重要だ、と書かせていただきました。しかし、実は最近講演などでは、少し異なる立場から社会福祉法人の経営のことを語るように心がけています。

 さて、民間社会福祉事業家の多くは、戦前財団法人として事業を行なっていました。戦後になって、社会福祉法人制度が創設されたのは、ご存知のとおりです。民法上の財団法人による福祉事業があったにもかかわらず、国民の信頼を得るためには、公益法人では適切な運営が確保できないと考え、公共事業を担う行政組織に類似した仕組み、つまり社会福祉事業に特化した特別公益法人制度が必要だという議論がありました。
これに対して、医療についてみますと、戦前は公益法人として病院を経営される方もいましたが、多くは個人営業として法人格を持たずに、医業経営を行っていました。戦後、医療法人制度が創設されるわれですが、医療法人は、公益法人ほど厳しい監督規制が求められず、非営利の公益法人ではありますが、社団型の医療法人では、出資に応じた持分も認められるなど、株式会社などの民間法人と公益法人の中間的な性格をもつものとして位置づけられました。したがって、医療法人は、税法上は、普通法人、つまり非課税の対象にならないものです。
 これに対して、社会福祉法人は公益法人同様に非課税対象になっているのはご存知のとおりです。医療法人は、民間企ベースで経営することを認めていますから、施設整備についても公費補助が出せませんでした。資金調達の仕組みも、社会福祉法人とは違います。おのずと、経営モデルも違うものとして考えられると思います。

田中先生のご指摘のように、社会福祉法人の経営についても、他の民間法人に共通する普遍的な部分と、法人制度の趣旨からみて違う部分が出てきます。私は、その違う部分に着目し、株式会社や医療法人と比較し、社会福祉法人の経営には異なる経営モデルが強調されるべきだと思います。最近は、株式会社経営や医療法人経営に学ぶことが強調され、結果として社会福祉法人らしい経営モデルとは何か、が見えなくなっていることを残念に思っています。
 社会福祉法人は、本来自治体がやるべき事業を自治体に代わって実施することを期待されて創設されました。ですから、ある意味行政組織と同じような官庁会計類似の会計構造のもとで経営し、住民に奉仕するという行為規範にもとづき事業を展開することが望まれていた。結果として、措置の時代は社会福祉法人の経営に対し厳しい縛りがあり、そのため地域住民や納税者から信頼を得ることができていました。
 こうした経緯を前提としながら、社会福祉法人の経営とは何だろうかと、あらためて考えております。法人であれば事業の継続という観点から、経営環境の変化に応じてさまざまな工夫をする。こうした経営努力は、営利法人であれ、非営利法人であれ、共通して必要なことです。しかし、「儲けること、利益をあげることが第一」の株式会社などの営利法人の経営とは、どのように違うのでしょうか。

私なりに考えてみれば、社会福祉法人として、利用者の生活を支援し、職員の生活を守り、地域の期待に応える。その工夫や努力こそが、まさに事業継続のための社会福祉法人に求められる経営であると私は思っています。これらのことは、当然限られた、ヒト、モノ、カネの経営資源で行うわけですが、限られた経営資源の制約の中でも、国民から「社会福祉法人は、民間企業の経営モデルと比較して、サービスの質や内容が違う。さすが非課税の対象となる公益性が高い法人だ」と実感していただける経営努力が必要ではないでしょうか。また、「社会福祉法人の人材育成は、民間企業とは違う。ていねいな研修、そして生活に困っている人たちの現場を見て、福祉の感性を磨くような人の育て方をしている」と言ってもらえる人材育成が望まれます。さらには、地域のセーフティネット形成に貢献する。こうした工夫を重ねながら、事業を次世代にバトンタッチしていくことが大切のように思います。
 この10年ぐらい、社会福祉法人の経営にも、人事考課という仕組みが広がっていますが、果たして福祉人材を育てたのでしょうか。具体の検証は十分ではありません。しかし、私どもの大学院生が、大阪府の老人福祉施設の職員約2,000人を対象に調査しました。人事考課能力給の仕組みを採り入れたグループと、そうでないグループを比較して、職員の働くモチベーションや離職率を比較した結果、そこには統計上の相関がないことが明らかになりました。つまり、大阪府下の介護施設において行なわれている人事考課は、職員のモチベーションアップにも定着率の向上にも、必ずしもつながっておりませんでした。こうしたデーターをみて、社会福祉法人が、民間企業と同じように人事労務管理をしてきましたが、果たして福祉人材の質は高まったのだろうか、という疑問を私は持っています。

 もちろん、民間企業も、サービスの質の向上に努力し、人材育成に努めていると思います。得られた収益から、サービスの質の向上、福祉人材の育成にお金を回すか、あるいは内部留保や新規事業展開に、借入金返済にお金を回すのか。適正利益をどの程度見込んで、それをどう割り振るのかがポイントだと思います。民間企業と比較し、社会福祉法人にふさわしい利益の使い方があるべきです。
 少し話しは変わりますが、社会福祉法人による福祉サービス第三者評価の受審率は、医療法人における病院機能評価と比較して著しく低い。サービスの質の向上に十分なコストをかけなくても、今はやっていけるかもしれません。第三者評価の受審は、それほど重大な経営マターになっていません。しかし、私はこうした福祉の質の向上の取り組みについても、社会福祉法人の実践がリーディングなもの、模範的なものであってほしい、と私は思っています。サービス評価を受ける経済的なメリットがないから、第三者評価を受審しないでは困ります。多くの社会福祉法人が受審することにより、福祉業界全体としてサービスの質が向上し、評価基準もよりレベルの高いものに改定される。さらに更新のため再審する。こうしたサイクルがつくられることにより、サービスの質が向上し、サービスを利用する利用者全体にとってメリットがある仕組みとなるはずです。こうしたメリットを考える経営であってほしいと思います。
 経営努力により得られた利益について、借入金の返済や内部留保を優先してしまえば、サービスの質の向上・福祉人材の育成に十分なお金は回りません。しかし、事業を継続していく上では、この両者の適切なバランスをとることが大切になります。

 次に、経営能力として、何が求められるのかについて話します。社会福祉法人の性格に基づいて考えますと、社会福祉の公共性を重視し、国民の信頼を得るためのマネジメントが必要だと思います。事業を継続させ、公益に奉仕する活動を展開するマネジメント力を改めて考えていただきたいと思います。財務諸表からみて、より良い経営状態に近づけていく努力を決して否定するものではありませんが、それと同時に、サービスの質を高め、福祉人材を育成し、地域のセーフティネット形成に貢献することによって、より大きな成果を挙げるマネジメントも大切です。この2つの経営の視点と、そのバランスを見極めながら経営の舵取りをすることが、社会福祉法人の経営能力として求められます。
 こうした経営の舵取りには、まず、理念をアクションに変えるために、経営者の思いを職員の方々に伝え、職員の力を一致団結して事業を展開する。そのために目に見えるものが必要です。それが中長期計画になります。さらには、それをどうしたら具体化できるのか、という経営戦略が必要です。そして、それを職員の方と一緒になって考えて組織を動かすこと。こうしたことは、社会福祉法人に限らず、民間法人に共通するものです。
 皆さんは、社会福祉施設の経営者であると同時に、民間社会福祉事業家です。その福祉事業に対する情熱や夢を具体的なものにするために、限りある経営資源を活用して、組織的な努力を行うことが、社会福祉法人の経営だといえましょう。ですから、夢を語るだけでも、情熱だけでもだめで、組織を動かしていく経営努力が必要です。

 具体的には、制度ビジネスの枠を超えて、地域のニーズに対応できる柔軟な事業を展開する力が、社会福祉法人の経営に今求められているように思います。そのベースとなるものが、社会福祉法人のマネジメントの力。マネジメントの力とは、地域のニーズを発見して、事業シーズに変え、地域のネットワークとともに、課題解決に向けて社会福祉法人が中心となって事業を起こしていく。行政が施策として事業化する前に、皆さんの経営実践があってほしい、と願っています。行政がやるべきことを、行政に先駆けて実践するから、社会福祉法人の経営は、公共性が高いと考えます。別の言い方をすれば、制度の枠にとらわれない福祉事業を展開する、まさに地域における社会起業家、ソーシャル・アントレプレナーとしての実践が、社会福祉法人経営の役割ではないかと思います。

 こうした立場からみますと、最近の社会福祉の経営について、私が危惧することがあります。経営は、皆さん方の理想に近づくための手段であるはずですが、この手段が目的化していないでしょうか。財政的にみて良好な経営が確保でき、ここ数年新規事業も立ち上げていて、ヤリ手だといわれている経営者がおられます。けれども、社会福祉事業家としての熱意や取り組み、実践のパフォーマンスは平凡という方が見受けられます。あるいは、社会問題に対する意識や関心は低いが、経営の話をさせると生き生きとする若い経営者がいます。それでいいのか、というのが私の問題意識です。
 イギリスの経済学者アルフレッド・マーシャルが、ケンブリッジ大学の教授就任時に、「cool head  but warm hearts」と演説しました。彼はイギリスの貧困地域を歩いて、こうした問題を解決するために経済学の力が必要だと考えて、この言葉を残しました。まさに社会福祉法人の経営は、ここが原点なのかと。財務分析も大切でしょうが、福祉経営にとって、財務状況がすべてではありません。困っている人たちの問題を自らの問題としてとらえて、少しでもそれを改善したいという心意気「warm heart」がなければ、社会福祉法人の経営とは言えないのではないでしょうか。

現在は、アメリカの金融危機をきっかけにして、日本社会も底が抜けたような状態です。恐らく、もっと失業者が増えて、暮らしが壊れる方々が増えていくのではないかと思います。このような変化に対して社会福祉法人は何を考えて、どの方向に経営の舵を切るのかが、今問われていると考えるべきです。地域での官製のセーフティネットが役に立たない状況です。福祉サービスもあり、生活保護の仕組みもあるが、そうしたセーフティネットを突き抜けて、野宿・路上生活者一歩前のような生活、あるいは家族の生活自体が壊れてしまう状態が、皆さん方の地域にもみられるようになるかもしれません。

 そうした人たちが、公的な福祉や生活保護の仕組みが機能する前に、絶対的な貧困状態に陥ってしまう状態にある。これに対して、公的な仕組みやサポートにつなげていく役割が地域で必要となります。福祉事務所のワーカーや民生委員などの存在もありますが、地域においてそのような人たちの生活を行政に先駆けて、いち早く発見して公的仕組みにつないでいくことは、まさにコミュニティ・ソーシャルワークではないでしょうか。これができる専門的な人材を抱えている組織は、福祉事務所や社会福祉協議会だけではありません。社会福祉法人にも、ソーシャルワークの実践ができる優れた福祉人材が育っている。たとえば、職員の方々はこうした地域のニーズを把握しているはずです。皆さん方の施設経営の舵取りが、制度ビジネスの枠内でしか考えられないと、そのようなニーズは経営者にまで伝わっていかない。ですから、明確なビジョンと、施設としての方針を明らかにして、これから地域で起きる変化、こうしたニーズにどう対応するのか、という経営戦略をぜひ持っていただきたいと思っています。
 最後に、社会福祉法人制度に託された「公共性」を高める今日的な役割を考えたいと思います。社会福祉法人は、措置施設の経営以外に公共性を高めることはできないのかを考える必要があります。措置事業はどんどん少なくなっています。行政に代わって行なう措置施設の経営以外に、公共性を重視した福祉経営のあり方を考えていく必要があります。

さて、公共性とは、市場が提供しないものを国や自治体が行うものと考えられてきました。特に、措置制度の時代は福祉の事業は公的責任で行われていました。ただ、2000年以降、措置から契約に変わり、従来措置費として支払われていたものが、契約の下でサービスの対価としての報酬として支払われ、しかも自治体の役割もサービスの実施主体から、サービスシステムの管理者に変わっています。ですから、社会福祉法人の提供するサービスの仕組み、公共性のあり方も変わってきています。
 ハーバーマスの「公共性の構造転換」でみられるように、公共というものは、国や自治体だけが独占的に行うものではない、「新たな公共」という考え方があります。こうして考えますと、社会福祉法人も公共性を担えることになります。官でもない、まして市場原理で動く民でもない。新しい公共圏域を想定して、そこで事業を展開する社会福祉法人の経営はどうあるべきなのでしょうか。

「オフィシャル」、「コモン」、「オープン」が公共性の概念として重要だとされています。これらは、住民共通の利害に関わる問題解決に対し、NPOや市民団体の役割を期待するものとして考えられてきましたが、こうした地域の課題解決に向けたネットワークの形成支援も、社会福祉法人の役割として重要だと思います。つまり、地域の課題解決のための仕組みをつくり(オフィシャル)、住民の共通利益のために(コモン)、様々な地域の人たちと協働する(オープン)ことが、新しい公共性重視の福祉経営と考えます。
 企業経営のガバナンスが問題となっていますが、社会福祉法人の経営についても同様に、社会福祉法人は誰のために経営するのかを考えるべきだと思います。企業の経営であれば、株主の利益ために経営することになります。これに対し、社会福祉法人は、地域住民の利益のために事業のマネジメントをするべきなのではないでしょうか。住民の代表である自治体の信託によって社会福祉事業が営まれてきた経緯からしますと、社会福祉法人のガバナンスは、その住民利益からみて、健全で公正であって、かつ効率的なものである必要があると考えます。自律的な福祉経営の実践なかで、そのような健全なガバナンスの仕組みが考えられてしかるべきであろうと思います。
 このように、社会福祉法人の経営は、利用者や地域住民の利益のために、福祉事業の経営を委託されている、と考えることはできないだろうかと思っています。誰のための経営か、何のための経営か、改めて皆さんに考えていただければと思います。

地域福祉の担い手として再認識

さらに、社会福祉法人の在り方について、3つのことを付け加えて、お話したいと思います。1つは、田中先生が最後におっしゃった、社会福祉法人制度が今後とも継続できるのかということです。皆さん方が、福祉経営も、株式会社の経営モデルに近いものであるべきと考えた場合、介護マーケットにおける望ましい経営モデルは株式会社になります。したがって、これからは社会福祉法人はいらない、ということになるのだと思います。具体的には、利用者本位で、ていねいにサービスを説明して、同意を得ながら、高い満足を利用者に与えていくことが社会福祉法人のひとつの経営モデルであり、こうした実践が皆さん方に求められる経営能力であるとするならば、必ずしも社会福祉法人の経営を中心にする必要はないでしょう。こうした実践だけでよいならば、今後増えていく介護ニーズについては、理想とする経営モデルは株式会社、これを供給主体の標準としてシステムを考えるだけでいいということになりませんか。国民からみても、というのが非常にわかりやすい理屈ですね。こうした理解が支配的になりますと、社会福祉法人の存在意義は希薄化します。

 2つめは、公益ニーズに対して柔軟に、フットワーク軽く対応していくことが大切なのですが、こうした経営実践が社会福祉法人に対する評価に関わってきます。そして、国民からみて、わかりやすいのは、高い志と情熱で事業を展開していくNPO法人、あるいは公益認定を受けた公益法人です。こうした法人らが、社会貢献を使命とし、社会的起業の実績をあげていきますと、社会福祉法人の存在意義は希薄化します。しかも、それらの事業者が透明性高く、地域に情報公開して、信頼されるビジネスモデルが今後作られたらば、公益性の高いものは、そういう経営モデルをベースにして考えたらいいのではないかという考え方が、広がりはしないだろうかと危惧しています。
 こういう2つの軸をたてた上で、社会福祉法人の位置づけが問われています。社会福祉法人らしい経営モデルとして明確に示されない限り、国民とすれば株式会社やNPO法人に比べますと、社会福祉法人の存在意義がみえてこない。
あくまで私個人の見方なのですが、介護保険分野の事業経営を行う社会福祉法人は、企業の市場競争をベースにした経営モデルに傾斜しているように見えて、それで果たしていいのかと思っています。むしろ、社会福祉法人らしい経営モデルを国民の前に明らかにして、NPO法人よりも信頼できる、という経営モデルを作っていただきたい。

 それには、経営情報の透明化が必要です。社会福祉法人は、どういう理念で何に向かって、何に一生懸命取り組んでいるのか、ということを地域住民や利用者とその家族に理解してもらい、協力を得られるモデルを作ってほしいと思います。それによって存在意義が認められれば、「社会福祉法人という制度は大切だ」と、国民に言ってもらえると思います。社会福祉法人は、福祉の公益実現のパイオニアであったはずですが、2000年以降は、その存在意義が動揺しているように思います。政策的に考えれば、一部の社会福祉法人だけを優遇して非課税とするというやり方は、既に医療法人改革や公益法人改革でもなされていますので、社会福祉法人改革でも、こうした考え方が出てもおかしくない。そういう事態を想定して、社会福祉法人の経営モデルを改めて考え直してほしいと思います。
 社会福祉法人に対する非課税を主張しながらも、評議員会の設置は、経営権の制約になるし面倒だから作りたくないというのは、矛盾していると私は思っています。国民の信頼をうる経営努力が足りないのです。
 3つめに、社会福祉法人の経営には、地域における助け合いの文化を醸成する役割を担っていることを自覚していただきたいのです。社会福祉法人の経営に、どの部分が足りないのでしょうか。確かに、企業経営と比較すると、法人の組織は、経営的に未熟であるといわれるかもしれません。社会福祉法人が、市場原理をベースにした経営をめざし、企業の経営手法を学ぶのはきりがないと思っています。
むしろ、社会福祉法人本来の強みを生かすことが大切ではないでしょうか。市場ベースや行政サービスにも乗らない小さなニーズを発見して、利用者家族や地域とともに、その問題を自らの問題として考えるスタンス、これが社会福祉事業家の強みだと思います。行政が動く前に動いて、それを事業の形にしてバトンタッチしていく、というのが社会福祉法人の先駆性や開拓性であったはずです。これを大事にすることで、民間企業とは違う形で信頼が寄せられると思います。

田中先生は、地域住民から信頼されたら寄付をもらえるはずだし、それが信頼のメジャーになるとおっしゃっています。私もそう思っていますが、アメリカの福祉文化と違って、日本の福祉文化のなかでは寄付が定着してこなかったと思います。寄付が難しいのであれば、当面は、住民から協力してもらう、手を貸してもらうことが可能なのではないでしょうか。たとえば、地域の課題に対して、住民と一緒に考えて一緒に行動する、住民にはそのために協力してもらう。住民と一緒になって地域の課題解決に向けて助け合う仕組みづくりは、市場原理重視の発想からは生まれません。

 例えば、ごみ屋敷のごみの撤去を社会福祉法人が地域に呼びかけて実施した例があります。そのために自治会の協力を依頼する。あるいは、知人にトラックを貸してもらい、地域の主婦に片づけを手伝ってもらう。社会福祉法人が、市場モデルで動いている場合には、利用者の介護に対し住民から手を貸してもらうわけにはいかないでしょうが、ごみ屋敷のリセットなどの課題に対し、「地域で困った問題があって、これは個人ではなく地域全体の問題で、社会福祉法人も動くので、皆さんも協力してほしい」と、具体に説明して協力を求めることはできるはずです。社会福祉法人が中心となって、必要な役割分担を明確にし、課題に対してどう取り組むか地域住民と話し合いながら、取り組みを進める。これは、ごみ屋敷のリセット・フロジェクトという福祉事業を起業することになるでしょう。事業が軌道にのったら、それを自治会など住民組織にバトンタッチしていく。あるいは、事業の実施を自治体に託すことも考えられます。こうしたことに取り組むことも、社会福祉法人の経営課題とみるべきでしょう。

こうした活動を通じて、協力している地域住民は、社会福祉法人が地域のための法人の会計から費用を捻出する姿を見ることになります。こうした活動の実績があれば、あるとき、法人が「地域の課題を解決するために。こうした事業をやりたいけれど、いくらお金が足りない。寄付してもらえないか」と呼びかけたならば、地域住民の福祉のためにやる事業だと理解いただくことができますから、地域住民も納得して寄付するに違いありません。こうした取り組みによって、初めてその地域で寄付文化が生まれる。
 かつて、炭谷さん(元厚生労働省社会・援護局長)が、社会福祉基礎構造改革を手がけた時おっしゃった「社会福祉法人は福祉文化の担い手なのだ。福祉文化を作っていくのだ」。私は、そういう視点も福祉経営のなかにほしいと思っています。

0 件のコメント: