2010年1月13日水曜日

利用者本位の改革はどこまで進んだか

 都道府県社会福祉協議会に設置された運営適正化委員会において苦情解決の仕事をしていると、苦情内容からいまだこのような施設運営がされているのかと驚かされることがある。たとえば、「利用者の顔に雑巾を投げつけた」などの苦情がよせられたことがある。確かに、こうした例は極端なケースである。しかし、基礎構造改革から十年が経過しようとしているが、いまだ利用者本位とはいえない苦情は数多い。利用者の立場からみれば、苦情申し立てるまでもないものの、利用者本位の仕組みになったといわれても、実感できないというのが、正直なところかもしれない。
 現実の利用関係では、援助する側の都合が、個々の利用者の立場に優越する。措置から契約へと社会福祉の基礎構造が転換しても、現実の力関係は、援助関係において、決して対等などではない。社会福祉基礎構造改革は、利用者本位のサービスの提供を掲げていたが、改革の理念は内容空虚な幻すぎないのか、あらためて検証してみたい。

改革の理念としての利用者本位
 
  社会福祉基礎構造改革は、措置から契約へと制度の基礎構造を転換させ、利用者本位の福祉サービスを提供することをめざした。ここでの利用者本位とは、利用者の自己決定を尊重し、利用者によるサービスの選択と、一人ひとりのニーズや意向にもとづく個別ケアの提供を原則とするものである。また、この利用制度を補完するサブシステムとし、事業者に対する情報提供の義務づけ、サービス評価、苦情解決などの仕組みが創設された。また、個別の援助関係においては、個別支援計画の作成において説明同意を求め、虐待や不必要な拘束を禁止した。
 ここでの利用者本位とは、こうした社会福祉基礎構造改革を正当化する改革の理念のひとつであった。たとえば、社会福祉基礎構造改革の理念は、中央社会福祉審議会の中間まとめで、説明されている。改革の基本理念として、「個人が人としての尊厳をもって、家庭や地域の中で、障害の有無や年齢にかかわらず、その人らしい安心のある生活が送れるよう自立支援する」ことが確認され、改革の基本方向のひとつとして、「サービスの利用者と提供者の対等な関係の確立」をめざすことが掲げられた。社会福祉基礎構造改革では、対等な援助関係を確立し、利用者本位のサービスの提供をめざすことが改革の理念として掲げられ、措置から契約への制度構造の転換の必要性を訴えた。

経営理念としての利用者本位

 社会福祉法人の経営においては、こうした改革の理念は、どのように受け止められたのであろうか。社会福祉基礎構造改革により、社会福祉法人の経営環境に大きな変化がもたらされた。社会福祉法人のなかには、こうした外部環境の変化に自らの経営組織を対応させるため、あらためて経営理念を明確にし、中長期の事業計画や事業戦略を検討するなどし、組織が向かうべき方向を修正する法人もあらわれた。現在では、法人の経営理念として、「利用者本位の質の高いサービスの提供」を掲げる法人も少なくない。
 もっとも、理念を掲げてはいるからといって、利用者本位のサービスの提供を実践しているとは限らない。形式的に掲げているにすぎない法人も多数存在するように思われる。介護事業のように、国民のニーズが拡大し、市場が安定的に成長している状況においては、それでも経営は成り立つのであろう。しかし、新規参入により自らのサービスが地域の利用者から選ばれなくなるのではとの危機感をもつ経営者においては、経営が成り立つうちに、利用者の視点から自らのサービス提供はどうあるべきかについて検討しているに違いない。ここで大切なのは、こうした経営理念を組織においてどのように実践するかである。経営者自らの実践なくしては、組織構成員の意識改革はありえない。

個別の援助関係こそ、経営理念の具体的表現

 利用者本位のサービスの提供という経営理念をどのようにして組織に浸透させることができるか。まず、第一に、経営者自ら職員に対し、なぜ利用者本位のサービスの提供が大切なのかを繰り返し、説き続けることである。職員に対して、「自分の親をうち施設に入れたいと思うか」「入居していただいて最後に親孝行ができたと思えるか」と問い続けるとよい。第二に、職員にも「そうした施設になるにはどうしたらよいか、利用者・家族の視点から意見を述べてほしい」と募ることの大切である。職員のなかにも、日ごろから心の中で「こうしたら、もっと利用者から喜ばれるのに」と思っている人は多い。こうした意見を業務の見直しに反映させる仕組みをつくる。そして、第三に、こうした利用者本位のサービを提供するための業務改善をひとつひとつ実践し、積み上げていくことで、利用者からも笑顔で「ありがとう」と感謝される、それによって職員の仕事に対するモチベーションが高まる。ひいては、経営者の安心・満足にもつながるという良い循環がうまれる。
 職員による利用者への関わりが、法人が提供する福祉サービスである。現実の援助する側と援助される側との関係において「経営理念」が伝わることが大切である。言い換えると、実際に職員により提供されている福祉サービスこそが、経営理念の具体的表現とみるべきである。経営者や管理者は、こうした視点から現場ににたって、自らかがける経営理念が利用者・家族に「価値あるもの」として伝わっているか、日々確認する努力を怠ってはならない。利用者家族から信頼され、事業を継続的、持続的そして発展的に経営するためにも、こうした経営者の努力が大切であると考える。

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