2026年1月12日月曜日

保育リスクマネジメント実践編

 第3回:「わかっている」の先へ 

― 「気をつけて」を卒業し、プロの「根拠」を共有する


いつも注意しているのに・・・


「いつも注意しているのに、なぜ……」 重大事故が起きた際、管理者が抱く最も切実な疑問かもしれません。しかし、ここには大きな落とし穴があります。管理者が「注意しろと言ったから大丈夫だ」と考えてしまうこと自体が、実はリスクを放置する原因になっている場合があるのです 。

今回は、ガイドラインの文言を繰り返すだけでは届かない、保育者の「納得感」と「行動」を変えるアプローチについて考えます。


管理者が陥る「伝えたつもり」の罠


多くの園長や主任は、会議や朝礼で「事故に気をつけてください」と呼びかけます。しかし、現場の保育者からすれば、それは「言われなくてもわかっていること」です 。


「注意してください」という言葉は、受け手にとっては抽象的すぎて、具体的な行動の修正に繋がりません 。管理者が「伝えた」ことで満足し、現場の「個人の注意」に丸投げしてしまう状態は、リスクマネジメントが機能していない証拠でもあります。事故は、決して不注意だけで起きるのではなく、「注意していたのに、防げない構造」の中に潜んでいるからです 。


「わかっている」という心理的ブレーキを外す

ベテランほど、リスクの存在は知識として知っています 。しかし、「自分たちの園ではいつも通りだから大丈夫だろう」という心理(正常性バイアス)が働き、無意識にリスクを過小評価してしまいます 。

ここで大切なのは、ガイドラインを復唱させることではありません。保育者の胸にそっと落ちるような、「リスクを自分事として捉え直す言葉」です。


●「なぜ防げなかったのか」ではなく「なぜ事故が起きなかったのか」を語る: 事故が起きていないのは、誰かの「小さな工夫」があるからです 。その具体的なファインプレーを言語化して共有しましょう 。


●「最悪を想定する力」を育てる: 「もし今、ここで子どもが倒れたら?」という問いかけを日常の会話に混ぜ、反射的に動けるイメージを共有します 。


「気をつける」を「仕組み(仕掛け)」に変換する

「気をつけて見る」「注意する」という精神論を、具体的な「とるべき具体的な行動」⇒「保育の仕掛け」に置き換えてみてください 。


●「見守りを強化」ではなく「立ち位置を1メートル下げる」 

: 視界を広げるための物理的な指示 。

●「食事に注意」ではなく「飲み込むまで次のスプーンを運ばない」

   : 動作としてのルーティン化 。

●「環境に配慮」ではなく「この遊具の下には必ずマットを敷く」 

: 誰がやっても同じ結果になるルール 。

 

こうしたOJTなどをつうじた、具体的な「仕掛け」こそが、職員のキャリアと人生を守る「盾」となります 。ベテランの保育士には、OJTトレーナーとして、若い保育士の育成に当たらせる上で、こうした行動の模範を示し、なぜこの行動が必要なのかを説明することで、正常性バイアスの罠から逃れることができます。


 プロとして自信を持って「安全」と言い切るために

「危ないからさせない」という消極的な判断は、子どもの成長の機会を奪ってしまいます 。一方で、「いつも通りでなんとかなるだろう」という過信や、「注意したから大丈夫」という管理者の思い込みは、事故の再発を招き、保護者からの不信感に繋がりかねません 。


この狭間で、プロとして自信を持って「この遊びは、こう工夫しているから安全だ」と言い切るために、共通のチェックリストを活用しましょう 。根拠に基づいた対策を講じることこそが、令和の時代に求められるリーダーシップです 。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【公式LINE限定】「遊びと安全のチェックリスト」のご案内

「注意して」という言葉を、具体的な「保育の質」に変えるための**「遊びと安全のチェックリスト(筆者作成)」**をプレゼントしています。


「わかっている」を「具体的にできている」状態へ。

経験や勘に頼らない、チーム全体の安全品質を底上げする。

精神論ではない、プロとしてのリスクマネジメントを今日から始めませんか?


[公式LINE 友だち追加はこちらから]

https://lin.ee/va2H24W

保育リスクマネジメント実践編

 第二回 リスクマネジメントは「攻めの戦略」

子どもの育ちと命を両立させるリーダーシップ~

 

 保育の質の向上が求められる時代

 

保育現場を取り巻く環境は厳しさを増しています。こども家庭庁でも、人口減少・少子化が進むなかで、待機児童解消のための量的な整備から保育の質の向上へと転換しつつあります。都市部の保育園や認定こども園においても、年度当初に定員を充足できない園も出てきています。

 

保護者から選ばれるためにも、園にとって子どもの豊かな暮らしを保障するため保育の質を向上させることは、最も重要な課題となっています。安全品質を上げることも、そのテーマの一つです。いいかえれば、子どもの育ちと命を両立させる運営が求められています。

 

リスクマネジメントの実践とは、法令を遵守し行政の監査に対応することのみならず、社会や保護者から信頼されるための安全品質を確保する「攻めの戦略」として捉えなおす必要があります。

 

「すべてのケガをゼロにする」という誤解を解く

 

保育の中には、常にケガのリスクが潜んでいます。しかし、ここで大切なのは、安全品質を高めるといっても、「すべてのケガをゼロにする」という不可能な目標を掲げないことです。実際、保育中のすべてのリスクをゼロにすることは不可能です。

私はかつて息子を保育園に預けていたころ、「保育はサービスである。保育園は、朝に預かった状態で、夕方保護者にお渡しするには、当たり前。ケガは許されないし、そのことについては、説明と謝罪があって当然」「同じケガが繰り返されるなど、もってのほか」と考えていました。ケガをしても文句はいいませんが、サイレントクレーマーでした。しかし、限られた人数の保育士で、あらゆるケガをゼロにするのは、現実離れしている理想論だったと反省しています。

 リスクマネジメントを研究するようになったのは、子どもが小学生になってからです。現在では、保育中のリスクを2つに分けて考えるようにしています。

 

●「許容できるリスク」

 一つは「許容できるリスク」です。日常の遊びの中で起きる小さな擦り傷や打撲などがこれにあたります。ケガにつながりかねない遊びや体験自体が、子どもが自分の体の限界を知り、危険を学ぶための「成長の糧」でもあります。

 したがって、事故があったからといって、遊びを止めてはいけません。むしろ、安全な保育とは何かと考えつつ、あるべき保育の形を大切にし、保育の質を上げることで対応します。これが、日常のあるべき保育を丁寧に回すことで、リスクを下げるということです。

 ●「絶対に許容できないリスク」

 他方、「重大事故のリスク」は「許容できないリスク」です。たとえば、窒息、溺水、置き去りといった命に関わる事故や、重い後遺症を残す事故です。

 

 重大事故につながる兆候は、ほとんどの場合、軽微な事故やヒヤリハットとして現れています。重大事故が起きてから対応を見直すのでは、手遅れです。ヒヤリハットや軽微な事故で済んでいるうちに、原因と対策を検討してください。必要があれば従来大切にしてきた保育のあり方を見直してでも、事故防止を最優先しなければなりません。

 たとえば、子ども家庭庁に報告される事故のなかでも骨折事故が最も多いのですが、なかには頭部の骨折など重大な後遺症が残るケガも含まれています。大型遊具などの高所からの転落事故のリスクは、危機管理の対応が必要です。

園でのリスクマネジメントでは、「許容できるリスク」と「絶対に許容できないリスク」とを、園として線引きする必要があります。事故につながる遊びをすべて禁止では、保育の質を下げてしまいます。リスクマネジメントといっても、リスクの性質によってアプローチが異なるのです。

 園において存在する様々なリスクに対し、線引きするのは、園長の判断にかかっています。

 

「安全管理」と「危機管理」の違い

 

「危機管理」の定義についても再確認しましょう。

 「安全管理」とは、日常の安全な保育の実践をめざすのに対し、「危機管理」とは、子どもの死亡事故など「最悪の事態が起きた時」を想定した活動です。

 危機管理は「最悪を想定する力」、安全管理は「日常の保育を丁寧に回す力」と考えます。いずれにおいても、園長の仕事は、事故が起きてから動くことではなく、起きなかった理由を作り続けることです。

 

区分

定義・目的  

求められる力

安全管理

日常の安全な保育の実践   

日常を丁寧に回す力  

危機管理

死亡事故などの「最悪の事態」への備え  

最悪を想定する力  

 

危機管理に必要なのは「言語化」と「訓練」

 

みなさんの園で子どもが食べ物を詰まらせたなどの事故が起きたら、職員は迷わず動けますか?

 危機管理で重要なのは、迅速かつ適切な対処のための手順が「言語化」され、「訓練」されていることです。園長にとって大切なことは、「まさか」は必ず起きると考えることです。したがって、園長の役割は、その時に保育士がパニックにならず、子どもの命を救う行動をとれるように準備をすることです。

 必要な体制を整えておくことが、園長の仕事です。日頃から園長先生が「危機管理ガイドライン」を策定し、繰り返しシミュレーションを行っているかどうかにかかっています。

 

安全管理は「遊びを止めない」こと

 

安全管理とは、遊びを止めないで、リスクを下げる視点をもって、日ごろの保育を継続することです。

 なお、「園庭での転倒事故が続いていますから、注意してください」と呼びかけるだけでは、リスクを下げる効果が小さいと思います。事前事後において保育の環境を整える、保育中の見守りの配置を工夫するなど、具体的な「仕掛け」によって、子どもたちの挑戦を支えるのがプロの保育士の仕事です(参照:遊びと安全のチェックリスト 筆者作成)。

 

令和の時代に求められる園のリーダーシップ

 

重大事故のリスクは、多くの場合、軽微な事故やヒヤリハットの中に兆候が現れています 。こどもの命が危険にさらされる事態を防ぐには、ヒヤリハットの段階で原因を検討し、時には従来の保育のやり方を見直してでも、事故防止を最優先する決断が必要です 。

 「危ないからさせない」という消極的な保育は、子どもの育ちを奪います。一方で、「なんとかなるだろう」という過信は、子どもの命を奪います。

 この狭間で、エビデンスに基づいた対策を講じ、チームで安全を創り上げていく。それこそが、令和の時代に求められる園のリーダーシップです。

 重大事故の防止と質の高い保育の実践、これを車の両輪として回していくのが、令和の時代に園長に求められるリーダーシップです。

2026年1月11日日曜日

簡単なプロフィール

 

タイトル:現場の皆様と共に、これからの福祉経営を考える「研究室」へ

大阪公立大学名誉教授の関川芳孝です。

私はこれまで、社会福祉法制や福祉経営の研究に長年携わってまいりました。しかし、大学の教壇で培った理論以上に大切にしたいのは、いまこの瞬間も子どもたちの命を預かり、現場の最前線で奮闘されている皆様の「声」です。

最近、全国での講演を通じて痛感していることがあります。それは、「事故を防ぐためのルール」だけでは、現場は守りきれないということです。職員のメンタルヘルス、心理的安全性の高い組織づくり、そして何より「人を育てる」という視点。これらが組み合わさって初めて、生きたリスクマネジメントが完成します。

このブログと研究室(公式LINE)では、https://lin.ee/va2H24W

  • 講演の準備段階で生まれた**「最新のアイディアや問題意識」**の共有

  • 法的な視点と現場の心理を融合させた**「新しい経営のヒント」**

  • 皆様と一緒に、現場のリアルな**「経営問題を解決する対話」**

を目的としています。 学術的な正解を提示するだけでなく、皆様の「同志」として、共に福祉の未来を考えたい。そんな想いで知見を「お裾分け」していきます。どうぞ気軽な気持ちで、この研究室の扉を叩いてください。


【略歴】

  • 関川 芳孝(せきかわ よしたか)

  • 大阪公立大学 名誉教授(現代システム科学研究科 客員研究員)

  • 専門:社会福祉法制論、福祉経営

  • 神戸大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学後、琉球大学、北九州大学、カリフォルニア大学バークレー校(客員研究員)を経て、大阪府立大学(現・大阪公立大学)教授を歴任。

  • 現在は、国や自治体の委員や保育施設等での講演活動を通じて、リスクマネジメントと人材育成の両立を支援している。

    内閣府 教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員

    厚生労働省近畿厚生局 近畿地方社会保険医療協議会会長

    全社協福祉サービスの質の向上推進委員会委員

    全国保育協議会保育所長専門講座運営委員会委員



保育リスクマネジメント実践編

 

定年退職し、あらためて、保育のリスクマネジメントについて連載をし、日ごろ考えていることを少しずつ述べていきたいと思います。教育保育施設の園長、主任など管理者に向けた連載になります。


【連載】保育の質を高めるリスクマネジメント


第1回:なぜ「ベテラン」の現場で事故は起きるのか? ― 職員を守るためのリスクマネジメント

教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議が、今年も開催されます 。そこでは死亡事故の検証や報告が行われますが、資料に目を通すたび、「なぜ防げなかったのか」「体制は整っていたのか」という悔しい思いが込み上げます 。

保護者にとって、安心して子どもを預けられることは大前提です 。園には安全を見守る体制を整える当たり前の義務がありますが、報告される事故の多くは、その「当たり前」が欠落していた結果であることが少なくありません 。

専門性が高いからこそ陥る「心理的落とし穴」

万が一、命に関わる事故が起きれば、保護者の悲しみは計り知れません 。そして同時に、現場にいた保育者もまた、過度な自責の念に駆られ、離職に追い込まれるなど、その人生に深い影を落とします 。

ここで注目すべきは、事故を起こしたのが決して「不真面目な保育者」ではないという点です 。むしろ経験豊富で、責任感があり、園でも頼りにされているベテラン保育者のもとでも事故は発生しています 。

ベテランほど、以下のような心理傾向に陥りやすいことが分かっています。

 ① 異常な兆候があっても「いつも通りだ」「大丈夫だろう」とリスクを過小評価してしまう 。

 ② 知識や経験があるがゆえに、リスクを「わかっている」つもりでスルーしてしまう 。

 ③「まさか」が起きた後になって初めて、現実のリスクに気づく 。


リスクマネジメントは職員を守る「盾」

重大事故が起こると、園には、マスコミや保護者に対して「普段からどのような体制を取っていたか」を説明する責任があります 。

真のリスクマネジメントとは、単に事故を防ぐことだけではありません。「なぜその事故が起きなかったのか」という根拠を、論理的に説明できる力を実装することにあります 。

また、リスクマネジメントの徹底は、子どもたちの命を守ることはもちろん、「職員のキャリアと人生を守るための盾」でもあります 。ヒヤリハット報告を集める上でも、この視点を、ぜひ現場の職員一人ひとりに伝えていただきたいのです 。


リスクを「意図的に意識する」体制づくり

日ごろ事故が起きていなくても、重大事故に繋がる潜在的なリスクは確実に存在しています 。これを見逃さず、意図的に意識して準備を整えることが、園の組織的なリスクマネジメントです 。

そのための第一歩が「ヒヤリハット報告」の活用です。単なる記録作業にせず、「自分ならどう防ぐか」を全員が主体的に考えるきっかけにしていきましょう 。


この活動の裏話や、経営に役立つ資料のお裾分けは、こちらの公式LINE(関川福祉経営研究室)で配信しています。

https://lin.ee/va2H24W