2026年4月12日日曜日

保育リスクマネジメント実践編



第5回 検証報告書から読み解く「午睡事故の構造」〜個人の責任に帰さない安全管理〜


午睡時の死亡事故が続いています。子ども家庭庁においても、教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議のなかで、自治体が検証した死亡事故に対する報告書を踏まえて、事故防止の検討がされています。今回は、午睡中の死亡事故に焦点を当て、検証報告書から得られた事故防止に対する気づきについて、話をしたいと思います。


その「安心」が、死の予兆になる

「入園して1ヶ月。ようやく園にも慣れて、給食も食べられるようになり、お昼寝もぐっすり——。お迎えに来た保護者に『今日からぐっすり眠れるようになりましたよ』と笑顔で報告する。」

保育の現場でよく見られる、微笑ましく、達成感に満ちた光景です。しかし、その会話こそが死亡事故へのカウントダウン——いわゆる「死亡フラグ」になり得ることを、私たちはどれほど自覚しているでしょうか。

各自治体が公表している検証報告書が示すのは、保育中の死亡事故の多くが入園から30日以内に集中しているという、残酷な事実です。

もちろん、保護者と喜びを共有することは保育の醍醐味であり、信頼関係の礎です。その喜びを捨てろということではありません。ただ、私たちの脳のスイッチだけは、「慣れた時期こそ、身体への負担が出やすい」という医学的なリスクの方へ、あえて切り替え直しておく必要があります。環境に適応しようとする子どもの身体は、表面上の落ち着きとは裏腹に、見えないストレスを蓄積しているからです。


現場を襲う「魔の時間」とシステムエラー


検証報告書を丁寧に読み解くと、「チェックの見落とし」「記録の形骸化」といった個人のミスが事実として並びます。しかし、有識者会議が議論の焦点とするのは、その先です。

「なぜ、経験豊かな保育士が、5分のチェックを怠ったのか?」

連絡帳の記入、休憩のローテーション、掃除、他の子への対応……。午睡時間中に積み重なる付随業務は、保育士を「1人にしてしまう魔の瞬間」を次々と生み出します。そのわずかな空白を、個人の責任感と使命感だけで埋めさせていないか。これは個人の資質ではなく、組織のシステムエラーです。

マニュアルはある、手順もわかっている。しかし現場の実情とのギャップを抱えたまま、「なんとか回している」状態が常態化している。その歪みが限界に達したとき、事故は起こります。


組織の盲点:教えられていない「静かな死」

今日まで事故が起きなかったのは、保育者の皆さんの懸命な努力の結果です。その実績を否定するつもりは毛頭ありません。

しかし、報告書に名を残すことになった保育者たちも、皆さんと同じように、昨日までは必死に子どもを守ってきた専門家でした。「昨日までの私たち」と「報告書の彼ら」の境界線がどこで引かれてしまったのか。 その一線を考え続けることこそが、今、現場に立っている私たちの責任です。

報告書にある「ひの字型の寝かせ方」や「死角での隔離」は、特異な虐待ではありません。「泣いている子を落ち着かせたい」「他児の睡眠を妨げたくない」という、良かれと思った日常の保育行為の延長線上にあります。その「良かれ」が、一歩間違えれば凶器に変わる。その恐ろしさを、私たちは組織として直視しなければなりません。


システムを動かし、命を守る


経営層・園長の皆さんへ、率直に申し上げます。安全とは、個人の精神論ではなく、投資とシステム構築の問題です。

現場の保育士から「眼差し」を奪っているのは、人員配置の限界と付随業務の過剰な負荷です。マニュアルは「守らせるためのもの」ではなく、現場の保育士が「今は危ないから、1人にしないでほしい」と声を上げるための武器であるべきです。

とはいえ、現場に「声を上げろ」と強いるだけでは酷でしょう。だからこそ、経営層が保育士に「今、1人になっていないか?」「無理をしていないか?」と問いかけ続ける文化を作ってください。現場からのSOSが届かない組織では、マニュアルはただの監査のための免責書類になったままです。


命の最後の砦としてのプライド


どれほどICTを導入し、システムを整えても、最後に異変に気づき子どもの命を救うのは機械ではありません。


顔色がいつもと違う。呼吸の音がかすかに高い。なんとなく、ぐったりしている気がする——その違和感を言葉にできるのは、毎日その子を抱き上げ、肌の温もりを知っている皆さんだけです。命の最後の砦は、整備されたシステムの上で機能する、保育者一人ひとりの研ぎ澄まされた眼差しです。


組織の力で、現場の眼差しを守る。安全な環境と保育士の直観、その両輪が揃ってはじめて、子どもたちの「当たり前の明日」は守られます。共に、一歩ずつ前に進んでいきましょう。

保育リスクマネジメント実践編 

第4回 危機管理のパラダイムシフト 〜「事故防止」から「生存戦略」へ〜


「わが園では起きない」——その確信が、最大の死角になる

事故を起こした施設の管理者が、絞り出すように語る言葉があります。

「まさか、わが園で起きるとは思わなかった」

この言葉が重いのは、言い訳ではないからです。その管理者の多くは、研修に出席し、マニュアルを整備し、朝礼で安全を呼びかけてきた、まぎれもなく「真面目な園長」です。だからこそ問わなければなりません。なぜ、真面目な園ほど最悪の事態に無防備になりうるのか。いいかえれば、『真面目さ』こそが危機管理における最大の盲点となっているのです。

園における『事故防止』という仕組みは、子どもの死亡事故に対して社会からの批判に耐えられず、もう限界に来ています。これからの保育経営に必要なのは、精神論としての安全ではなく、他分野のシビアな知恵を融合させた、冷徹かつ情熱的な『生存戦略』へのパラダイムシフトです。

 

そもそも「危機管理」とは何か

危機管理とは、一言で言えばこうです。

「最悪を想定し、起きる前に備え、起きたときに動ける組織をつくること」

重大事故の発生をあらかじめ想定し、緊急事態に迅速・適切に対処するための手順を事前に決める。そして「知っている」だけでなく、体が動くまで繰り返し訓練する。日常のなかでリスクを常に意識し、保育者全員が「そのとき」に動けるよう組織に根づかせること——これが危機管理の本質です。

研修でこの定義を聞いたことがある園長は多い。しかし「知っているか」と「できるか」は、全く別物です。

 

現場の声を、まず受け取る

リスクマネジメントの研修で、園長からこのような意見を頂戴することがあります。

「危機管理が大切なのはわかる。でも、正直な話、今の保育現場にそんな余裕はない」

この声は、正しいと思います。保育士は毎日、子どもの命と向き合いながら、保育の質を上げることに全力を注いでいます。保護者対応も大変です。職員が足りない、時間が足りない、それでも子どもたちのためにと踏ん張っている。そういう現場に向かって「さらに危機管理もやれ」「リスクマネジメントの体制を構築しろ」と言うのは、あまりに酷に聞こえます。

現場が限界だという声は、悲鳴ではなく、現実です。しかし、だからこそ、管理者に問いたいのです。「現場が限界なら、なおさら、管理者がやるべきことがある」と。

 

危機管理のパラダイムシフト

危機管理に対する考え方を、改めて整理し直すことが大切です。保育園における危機管理では、園長や主任は「事故防止のために現場に指示を出す人」になりがちです。しかし航空業界の教訓である「権威勾配」は、管理者の正論こそがリスクを隠すと警告します。

「園長先生、それは危ないです」と、若い保育士が即座にブレーキをかけられるか——これがポイントです。つまり、危機管理の本質は、マニュアルの完成度ではなく、組織の「風通しの平らさ」にある。この再定義が必要です。

もうひとつ、「事故はすでに起きている」という前提で考えることです。死亡事故につながる小さな事故が繰り返され、対策がとられないうちに、最悪の事態が起こる。「事故ゼロ」を旗印に掲げる園ほど、いざ事が起きた際に機能不全に陥ります。

「今日は事故が起きなかった」ではなく、「今日は起きていたはずの事故を、どの段階で食い止めたか」を検証することが大切です。心肺蘇生の手順、緊急連絡のフロー、保護者対応の初動——これらを日常のルーチンとして組み込んでいるかどうかが、分かれ目です。

 

保育の現場だからこそ、「仕組み」が人を活かす

「航空やIT業界の話をされても、保育は違う」——その感覚はよくわかります。子どもの育ちは、マニュアルで管理できるものではありません。保育士一人ひとりの感性や経験、子どもとの関係性の中にこそ、保育の本質があります。

ただ、他分野の実践から一つだけ紹介させてください。

航空業界では長年、「優秀なパイロットが注意深く操縦すれば事故は防げる」と考えられてきました。しかし大規模な事故の検証を重ねた結果、まったく逆の結論に行き着きます。優秀なパイロットほど、自分の判断を疑わない。その過信が、致命的な見落としを生む。そこで導入されたのが、どれほど熟練したパイロットでも必ず従う「チェックリスト」と、副操縦士が機長に異議を唱えることを義務づける「クルー・リソース・マネジメント」という仕組みです。個人の能力を否定するのではなく、その能力を組織全体で支え、補い合う構造をつくること——これが現代の危機管理の根幹です。

これは保育の現場にも、そのまま重なります。「この時間帯は特に目を離しやすい」「この場所はヒヤリとしたことがある」——そうした現場の感覚を、ベテランの頭の中だけに留めておかず、チェックリストや申し送りの言葉として園全体で共有する。午睡チェックのダブル確認、水遊び時の役割分担の固定化、「担当が変わっても同じ手順が守られる」仕組みの構築。それは、ベテランの経験を否定することではなく、その経験を園全体の力に変えることです。仕組みは、人を縛るためではなく、人の知恵を守り、活かすためにあります。

また、個人の注意力に頼りすぎないことも重要です。「気をつけて」「意識を高く」という言葉だけでは、事故は防げません。製造業などでは、注意力が散漫になっても事故が起きない「物理的・構造的な仕組み」に投資しています。保育の場でも同様に、「誰が担当しても命だけは助かる環境」を設計すること——それが管理者に課された、真の意味での「管理」です。

 

「何を削るか」——答えは現場にある

リスクマネジメントの話をすると、保育士さんから、こんな意見が返ってくることがあります。

「保育の質を上げろ、行事も充実させろ、書類も書け。その上、さらに『最悪を想定したリスクマネジメント』ですか?私たちの体は一つしかありません。今の人数で『完璧な見守り』を求めること自体が、すでに現場への無理強いではないでしょうか。現場は厳しいのです。」

この声は、まったくもって正直な現実です。だから、あえていらない業務を削っていくことが大切です。もちろん、記録、保護者対応、会議、行事の準備——どれも必要だからこそ存在していることは承知しています。現場を知らずに「それを削れ」と言うのは無責任に聞こえるかもしれません。

ただ、少し視点を変えて考えてみてください。危機管理の実践は、「新しい業務を増やすこと」ではなく、「今やっていることの『やり方』を揃えること」です。

たとえば、毎日の午睡チェックの記録。「書いている」けれど、確認の仕方は人によってバラバラ——という園は少なくありません。記録という業務は増やさず、確認の手順だけを統一する。それだけで、見落としのリスクは大きく下がります。業務を足すのではなく、やり方を揃える——これが、現場の負担を増やさない危機管理の入口です。

大切なのは、園長が子ども家庭庁の事故防止ガイドラインにもとづいて事故防止の方法を一方的に決めるのではなく、職員と一緒に「今の手順で本当に大丈夫か」を問い直す場をつくることです。来週の職員会議でこう聞いてみてください。

「『ヒヤリ、ドキッとしたこと』、最近ありませんか。子どもの命を守ることを最優先するには、どうしたらよいですか」

この問いから始まる対話が、現場と管理者が一緒に安全を考える第一歩になります。

 

万が一のとき、現場の先生を守れるか

最後に、もう一つの視点をお伝えします。

万が一、死亡事故が起きたとき——その場にいた職員は深い罪悪感に苛まれ、人生が壊れてしまうことがあります。医療の世界ではこれを「セカンド・ヴィクティム(第2の犠牲者)」と呼びます。

「あなたのせいではない、仕組みの不備だった」——園長が裁判でも、世間に対しても、それを言い切れる準備があるかどうか。その覚悟があってはじめて、職員は隠蔽をせず、共にリスクと向き合えるようになります。

危機管理体制を整えることは、子どもを守ると同時に、現場の先生を守るための、管理者にできる最大の仕事です。

 

明日、一つだけ変える

難しいことはいりません。明日の朝礼でこう問いかけてみてください。

「今日もし何か気になることがあったら、すぐに私に言ってください。あなたの直感を、私は必ず受け取ります」

その一言が、組織の風通しを変えます。覚悟を持った管理者の存在そのものが、現場の心理的安全をつくり、最高の事故防止策になるのです。

2026年1月12日月曜日

保育リスクマネジメント実践編

 第3回:「わかっている」の先へ 

― 「気をつけて」を卒業し、プロの「根拠」を共有する


いつも注意しているのに・・・


「いつも注意しているのに、なぜ……」 重大事故が起きた際、管理者が抱く最も切実な疑問かもしれません。しかし、ここには大きな落とし穴があります。管理者が「注意しろと言ったから大丈夫だ」と考えてしまうこと自体が、実はリスクを放置する原因になっている場合があるのです 。

今回は、ガイドラインの文言を繰り返すだけでは届かない、保育者の「納得感」と「行動」を変えるアプローチについて考えます。


管理者が陥る「伝えたつもり」の罠


多くの園長や主任は、会議や朝礼で「事故に気をつけてください」と呼びかけます。しかし、現場の保育者からすれば、それは「言われなくてもわかっていること」です 。


「注意してください」という言葉は、受け手にとっては抽象的すぎて、具体的な行動の修正に繋がりません 。管理者が「伝えた」ことで満足し、現場の「個人の注意」に丸投げしてしまう状態は、リスクマネジメントが機能していない証拠でもあります。事故は、決して不注意だけで起きるのではなく、「注意していたのに、防げない構造」の中に潜んでいるからです 。


「わかっている」という心理的ブレーキを外す

ベテランほど、リスクの存在は知識として知っています 。しかし、「自分たちの園ではいつも通りだから大丈夫だろう」という心理(正常性バイアス)が働き、無意識にリスクを過小評価してしまいます 。

ここで大切なのは、ガイドラインを復唱させることではありません。保育者の胸にそっと落ちるような、「リスクを自分事として捉え直す言葉」です。


●「なぜ防げなかったのか」ではなく「なぜ事故が起きなかったのか」を語る: 事故が起きていないのは、誰かの「小さな工夫」があるからです 。その具体的なファインプレーを言語化して共有しましょう 。


●「最悪を想定する力」を育てる: 「もし今、ここで子どもが倒れたら?」という問いかけを日常の会話に混ぜ、反射的に動けるイメージを共有します 。


「気をつける」を「仕組み(仕掛け)」に変換する

「気をつけて見る」「注意する」という精神論を、具体的な「とるべき具体的な行動」⇒「保育の仕掛け」に置き換えてみてください 。


●「見守りを強化」ではなく「立ち位置を1メートル下げる」 

: 視界を広げるための物理的な指示 。

●「食事に注意」ではなく「飲み込むまで次のスプーンを運ばない」

   : 動作としてのルーティン化 。

●「環境に配慮」ではなく「この遊具の下には必ずマットを敷く」 

: 誰がやっても同じ結果になるルール 。

 

こうしたOJTなどをつうじた、具体的な「仕掛け」こそが、職員のキャリアと人生を守る「盾」となります 。ベテランの保育士には、OJTトレーナーとして、若い保育士の育成に当たらせる上で、こうした行動の模範を示し、なぜこの行動が必要なのかを説明することで、正常性バイアスの罠から逃れることができます。


 プロとして自信を持って「安全」と言い切るために

「危ないからさせない」という消極的な判断は、子どもの成長の機会を奪ってしまいます 。一方で、「いつも通りでなんとかなるだろう」という過信や、「注意したから大丈夫」という管理者の思い込みは、事故の再発を招き、保護者からの不信感に繋がりかねません 。


この狭間で、プロとして自信を持って「この遊びは、こう工夫しているから安全だ」と言い切るために、共通のチェックリストを活用しましょう 。根拠に基づいた対策を講じることこそが、令和の時代に求められるリーダーシップです 。

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保育リスクマネジメント実践編

 第二回 リスクマネジメントは「攻めの戦略」

子どもの育ちと命を両立させるリーダーシップ~

 

 保育の質の向上が求められる時代

 

保育現場を取り巻く環境は厳しさを増しています。こども家庭庁でも、人口減少・少子化が進むなかで、待機児童解消のための量的な整備から保育の質の向上へと転換しつつあります。都市部の保育園や認定こども園においても、年度当初に定員を充足できない園も出てきています。

 

保護者から選ばれるためにも、園にとって子どもの豊かな暮らしを保障するため保育の質を向上させることは、最も重要な課題となっています。安全品質を上げることも、そのテーマの一つです。いいかえれば、子どもの育ちと命を両立させる運営が求められています。

 

リスクマネジメントの実践とは、法令を遵守し行政の監査に対応することのみならず、社会や保護者から信頼されるための安全品質を確保する「攻めの戦略」として捉えなおす必要があります。

 

「すべてのケガをゼロにする」という誤解を解く

 

保育の中には、常にケガのリスクが潜んでいます。しかし、ここで大切なのは、安全品質を高めるといっても、「すべてのケガをゼロにする」という不可能な目標を掲げないことです。実際、保育中のすべてのリスクをゼロにすることは不可能です。

私はかつて息子を保育園に預けていたころ、「保育はサービスである。保育園は、朝に預かった状態で、夕方保護者にお渡しするには、当たり前。ケガは許されないし、そのことについては、説明と謝罪があって当然」「同じケガが繰り返されるなど、もってのほか」と考えていました。ケガをしても文句はいいませんが、サイレントクレーマーでした。しかし、限られた人数の保育士で、あらゆるケガをゼロにするのは、現実離れしている理想論だったと反省しています。

 リスクマネジメントを研究するようになったのは、子どもが小学生になってからです。現在では、保育中のリスクを2つに分けて考えるようにしています。

 

●「許容できるリスク」

 一つは「許容できるリスク」です。日常の遊びの中で起きる小さな擦り傷や打撲などがこれにあたります。ケガにつながりかねない遊びや体験自体が、子どもが自分の体の限界を知り、危険を学ぶための「成長の糧」でもあります。

 したがって、事故があったからといって、遊びを止めてはいけません。むしろ、安全な保育とは何かと考えつつ、あるべき保育の形を大切にし、保育の質を上げることで対応します。これが、日常のあるべき保育を丁寧に回すことで、リスクを下げるということです。

 ●「絶対に許容できないリスク」

 他方、「重大事故のリスク」は「許容できないリスク」です。たとえば、窒息、溺水、置き去りといった命に関わる事故や、重い後遺症を残す事故です。

 

 重大事故につながる兆候は、ほとんどの場合、軽微な事故やヒヤリハットとして現れています。重大事故が起きてから対応を見直すのでは、手遅れです。ヒヤリハットや軽微な事故で済んでいるうちに、原因と対策を検討してください。必要があれば従来大切にしてきた保育のあり方を見直してでも、事故防止を最優先しなければなりません。

 たとえば、子ども家庭庁に報告される事故のなかでも骨折事故が最も多いのですが、なかには頭部の骨折など重大な後遺症が残るケガも含まれています。大型遊具などの高所からの転落事故のリスクは、危機管理の対応が必要です。

園でのリスクマネジメントでは、「許容できるリスク」と「絶対に許容できないリスク」とを、園として線引きする必要があります。事故につながる遊びをすべて禁止では、保育の質を下げてしまいます。リスクマネジメントといっても、リスクの性質によってアプローチが異なるのです。

 園において存在する様々なリスクに対し、線引きするのは、園長の判断にかかっています。

 

「安全管理」と「危機管理」の違い

 

「危機管理」の定義についても再確認しましょう。

 「安全管理」とは、日常の安全な保育の実践をめざすのに対し、「危機管理」とは、子どもの死亡事故など「最悪の事態が起きた時」を想定した活動です。

 危機管理は「最悪を想定する力」、安全管理は「日常の保育を丁寧に回す力」と考えます。いずれにおいても、園長の仕事は、事故が起きてから動くことではなく、起きなかった理由を作り続けることです。

 

区分

定義・目的  

求められる力

安全管理

日常の安全な保育の実践   

日常を丁寧に回す力  

危機管理

死亡事故などの「最悪の事態」への備え  

最悪を想定する力  

 

危機管理に必要なのは「言語化」と「訓練」

 

みなさんの園で子どもが食べ物を詰まらせたなどの事故が起きたら、職員は迷わず動けますか?

 危機管理で重要なのは、迅速かつ適切な対処のための手順が「言語化」され、「訓練」されていることです。園長にとって大切なことは、「まさか」は必ず起きると考えることです。したがって、園長の役割は、その時に保育士がパニックにならず、子どもの命を救う行動をとれるように準備をすることです。

 必要な体制を整えておくことが、園長の仕事です。日頃から園長先生が「危機管理ガイドライン」を策定し、繰り返しシミュレーションを行っているかどうかにかかっています。

 

安全管理は「遊びを止めない」こと

 

安全管理とは、遊びを止めないで、リスクを下げる視点をもって、日ごろの保育を継続することです。

 なお、「園庭での転倒事故が続いていますから、注意してください」と呼びかけるだけでは、リスクを下げる効果が小さいと思います。事前事後において保育の環境を整える、保育中の見守りの配置を工夫するなど、具体的な「仕掛け」によって、子どもたちの挑戦を支えるのがプロの保育士の仕事です(参照:遊びと安全のチェックリスト 筆者作成)。

 

令和の時代に求められる園のリーダーシップ

 

重大事故のリスクは、多くの場合、軽微な事故やヒヤリハットの中に兆候が現れています 。こどもの命が危険にさらされる事態を防ぐには、ヒヤリハットの段階で原因を検討し、時には従来の保育のやり方を見直してでも、事故防止を最優先する決断が必要です 。

 「危ないからさせない」という消極的な保育は、子どもの育ちを奪います。一方で、「なんとかなるだろう」という過信は、子どもの命を奪います。

 この狭間で、エビデンスに基づいた対策を講じ、チームで安全を創り上げていく。それこそが、令和の時代に求められる園のリーダーシップです。

 重大事故の防止と質の高い保育の実践、これを車の両輪として回していくのが、令和の時代に園長に求められるリーダーシップです。

2026年1月11日日曜日

簡単なプロフィール

 

タイトル:現場の皆様と共に、これからの福祉経営を考える「研究室」へ

大阪公立大学名誉教授の関川芳孝です。

私はこれまで、社会福祉法制や福祉経営の研究に長年携わってまいりました。しかし、大学の教壇で培った理論以上に大切にしたいのは、いまこの瞬間も子どもたちの命を預かり、現場の最前線で奮闘されている皆様の「声」です。

最近、全国での講演を通じて痛感していることがあります。それは、「事故を防ぐためのルール」だけでは、現場は守りきれないということです。職員のメンタルヘルス、心理的安全性の高い組織づくり、そして何より「人を育てる」という視点。これらが組み合わさって初めて、生きたリスクマネジメントが完成します。

このブログと研究室(公式LINE)では、https://lin.ee/va2H24W

  • 講演の準備段階で生まれた**「最新のアイディアや問題意識」**の共有

  • 法的な視点と現場の心理を融合させた**「新しい経営のヒント」**

  • 皆様と一緒に、現場のリアルな**「経営問題を解決する対話」**

を目的としています。 学術的な正解を提示するだけでなく、皆様の「同志」として、共に福祉の未来を考えたい。そんな想いで知見を「お裾分け」していきます。どうぞ気軽な気持ちで、この研究室の扉を叩いてください。


【略歴】

  • 関川 芳孝(せきかわ よしたか)

  • 大阪公立大学 名誉教授(現代システム科学研究科 客員研究員)

  • 専門:社会福祉法制論、福祉経営

  • 神戸大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学後、琉球大学、北九州大学、カリフォルニア大学バークレー校(客員研究員)を経て、大阪府立大学(現・大阪公立大学)教授を歴任。

  • 現在は、国や自治体の委員や保育施設等での講演活動を通じて、リスクマネジメントと人材育成の両立を支援している。

    内閣府 教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員

    厚生労働省近畿厚生局 近畿地方社会保険医療協議会会長

    全社協福祉サービスの質の向上推進委員会委員

    全国保育協議会保育所長専門講座運営委員会委員



保育リスクマネジメント実践編

 

定年退職し、あらためて、保育のリスクマネジメントについて連載をし、日ごろ考えていることを少しずつ述べていきたいと思います。教育保育施設の園長、主任など管理者に向けた連載になります。


【連載】保育の質を高めるリスクマネジメント


第1回:なぜ「ベテラン」の現場で事故は起きるのか? ― 職員を守るためのリスクマネジメント

教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議が、今年も開催されます 。そこでは死亡事故の検証や報告が行われますが、資料に目を通すたび、「なぜ防げなかったのか」「体制は整っていたのか」という悔しい思いが込み上げます 。

保護者にとって、安心して子どもを預けられることは大前提です 。園には安全を見守る体制を整える当たり前の義務がありますが、報告される事故の多くは、その「当たり前」が欠落していた結果であることが少なくありません 。

専門性が高いからこそ陥る「心理的落とし穴」

万が一、命に関わる事故が起きれば、保護者の悲しみは計り知れません 。そして同時に、現場にいた保育者もまた、過度な自責の念に駆られ、離職に追い込まれるなど、その人生に深い影を落とします 。

ここで注目すべきは、事故を起こしたのが決して「不真面目な保育者」ではないという点です 。むしろ経験豊富で、責任感があり、園でも頼りにされているベテラン保育者のもとでも事故は発生しています 。

ベテランほど、以下のような心理傾向に陥りやすいことが分かっています。

 ① 異常な兆候があっても「いつも通りだ」「大丈夫だろう」とリスクを過小評価してしまう 。

 ② 知識や経験があるがゆえに、リスクを「わかっている」つもりでスルーしてしまう 。

 ③「まさか」が起きた後になって初めて、現実のリスクに気づく 。


リスクマネジメントは職員を守る「盾」

重大事故が起こると、園には、マスコミや保護者に対して「普段からどのような体制を取っていたか」を説明する責任があります 。

真のリスクマネジメントとは、単に事故を防ぐことだけではありません。「なぜその事故が起きなかったのか」という根拠を、論理的に説明できる力を実装することにあります 。

また、リスクマネジメントの徹底は、子どもたちの命を守ることはもちろん、「職員のキャリアと人生を守るための盾」でもあります 。ヒヤリハット報告を集める上でも、この視点を、ぜひ現場の職員一人ひとりに伝えていただきたいのです 。


リスクを「意図的に意識する」体制づくり

日ごろ事故が起きていなくても、重大事故に繋がる潜在的なリスクは確実に存在しています 。これを見逃さず、意図的に意識して準備を整えることが、園の組織的なリスクマネジメントです 。

そのための第一歩が「ヒヤリハット報告」の活用です。単なる記録作業にせず、「自分ならどう防ぐか」を全員が主体的に考えるきっかけにしていきましょう 。


この活動の裏話や、経営に役立つ資料のお裾分けは、こちらの公式LINE(関川福祉経営研究室)で配信しています。

https://lin.ee/va2H24W


2012年5月25日金曜日

久しぶりの投稿です。

しばらく更新しておりませんでした。 tuitterなどもあり、ブログが放置されて、ふと可哀想になったしだいです。 久しぶりに、スタバでコーヒー頂いております。


東大阪市社会福祉審議会

本日は、午後から東大阪市の社会福祉審議会に参加します。 中核市である東大阪市は、社会福祉法に基づき社会福祉に関する事項を調査審議するため、地方社会福祉審議会を設置しています。 東大阪市社会福祉審議会の会長、老人福祉専門分科会の委員長をさせていただいております。 老人福祉専門分科会では、介護保険事業計画作成などの審議に関わってきました。 本日の審議会は、24年度最初の審議会ということもあり、各計画の進捗状況を担当課から説明を受けること。 障害福祉と介護保険・高齢者福祉について、中長期的な課題を取り上げて、審議することになっています。 事前の打ち合わせでは、地域包括支援センターの運営課題、障がい者の地域移行について、取り上げたいと説明を受けています。 どのような意見が出るか楽しみです。


 社会福祉法人の理事会で監事報告


審議会終わり次第、神戸に移動し、社会福祉法人の理事会に出席します。 こちらでは、監事をさせていただいております。 監事報告をしなければなりません。 監査の結果では、法律違反などはありませんでしたが、幾つか事業運営上の課題が確認されています。 理事長の業務執行をチェックするのも監事の仕事です。 理事会で報告されている事業計画が適正に実施されているかを確認します。 栄養士の業務について、説明を受けながら、質問させていただくだけでも、組織上の課題が見えてきます。