2026年4月12日日曜日

保育リスクマネジメント実践編



第5回 検証報告書から読み解く「午睡事故の構造」〜個人の責任に帰さない安全管理〜


午睡時の死亡事故が続いています。子ども家庭庁においても、教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議のなかで、自治体が検証した死亡事故に対する報告書を踏まえて、事故防止の検討がされています。今回は、午睡中の死亡事故に焦点を当て、検証報告書から得られた事故防止に対する気づきについて、話をしたいと思います。


その「安心」が、死の予兆になる

「入園して1ヶ月。ようやく園にも慣れて、給食も食べられるようになり、お昼寝もぐっすり——。お迎えに来た保護者に『今日からぐっすり眠れるようになりましたよ』と笑顔で報告する。」

保育の現場でよく見られる、微笑ましく、達成感に満ちた光景です。しかし、その会話こそが死亡事故へのカウントダウン——いわゆる「死亡フラグ」になり得ることを、私たちはどれほど自覚しているでしょうか。

各自治体が公表している検証報告書が示すのは、保育中の死亡事故の多くが入園から30日以内に集中しているという、残酷な事実です。

もちろん、保護者と喜びを共有することは保育の醍醐味であり、信頼関係の礎です。その喜びを捨てろということではありません。ただ、私たちの脳のスイッチだけは、「慣れた時期こそ、身体への負担が出やすい」という医学的なリスクの方へ、あえて切り替え直しておく必要があります。環境に適応しようとする子どもの身体は、表面上の落ち着きとは裏腹に、見えないストレスを蓄積しているからです。


現場を襲う「魔の時間」とシステムエラー


検証報告書を丁寧に読み解くと、「チェックの見落とし」「記録の形骸化」といった個人のミスが事実として並びます。しかし、有識者会議が議論の焦点とするのは、その先です。

「なぜ、経験豊かな保育士が、5分のチェックを怠ったのか?」

連絡帳の記入、休憩のローテーション、掃除、他の子への対応……。午睡時間中に積み重なる付随業務は、保育士を「1人にしてしまう魔の瞬間」を次々と生み出します。そのわずかな空白を、個人の責任感と使命感だけで埋めさせていないか。これは個人の資質ではなく、組織のシステムエラーです。

マニュアルはある、手順もわかっている。しかし現場の実情とのギャップを抱えたまま、「なんとか回している」状態が常態化している。その歪みが限界に達したとき、事故は起こります。


組織の盲点:教えられていない「静かな死」

今日まで事故が起きなかったのは、保育者の皆さんの懸命な努力の結果です。その実績を否定するつもりは毛頭ありません。

しかし、報告書に名を残すことになった保育者たちも、皆さんと同じように、昨日までは必死に子どもを守ってきた専門家でした。「昨日までの私たち」と「報告書の彼ら」の境界線がどこで引かれてしまったのか。 その一線を考え続けることこそが、今、現場に立っている私たちの責任です。

報告書にある「ひの字型の寝かせ方」や「死角での隔離」は、特異な虐待ではありません。「泣いている子を落ち着かせたい」「他児の睡眠を妨げたくない」という、良かれと思った日常の保育行為の延長線上にあります。その「良かれ」が、一歩間違えれば凶器に変わる。その恐ろしさを、私たちは組織として直視しなければなりません。


システムを動かし、命を守る


経営層・園長の皆さんへ、率直に申し上げます。安全とは、個人の精神論ではなく、投資とシステム構築の問題です。

現場の保育士から「眼差し」を奪っているのは、人員配置の限界と付随業務の過剰な負荷です。マニュアルは「守らせるためのもの」ではなく、現場の保育士が「今は危ないから、1人にしないでほしい」と声を上げるための武器であるべきです。

とはいえ、現場に「声を上げろ」と強いるだけでは酷でしょう。だからこそ、経営層が保育士に「今、1人になっていないか?」「無理をしていないか?」と問いかけ続ける文化を作ってください。現場からのSOSが届かない組織では、マニュアルはただの監査のための免責書類になったままです。


命の最後の砦としてのプライド


どれほどICTを導入し、システムを整えても、最後に異変に気づき子どもの命を救うのは機械ではありません。


顔色がいつもと違う。呼吸の音がかすかに高い。なんとなく、ぐったりしている気がする——その違和感を言葉にできるのは、毎日その子を抱き上げ、肌の温もりを知っている皆さんだけです。命の最後の砦は、整備されたシステムの上で機能する、保育者一人ひとりの研ぎ澄まされた眼差しです。


組織の力で、現場の眼差しを守る。安全な環境と保育士の直観、その両輪が揃ってはじめて、子どもたちの「当たり前の明日」は守られます。共に、一歩ずつ前に進んでいきましょう。

保育リスクマネジメント実践編 

第4回 危機管理のパラダイムシフト 〜「事故防止」から「生存戦略」へ〜


「わが園では起きない」——その確信が、最大の死角になる

事故を起こした施設の管理者が、絞り出すように語る言葉があります。

「まさか、わが園で起きるとは思わなかった」

この言葉が重いのは、言い訳ではないからです。その管理者の多くは、研修に出席し、マニュアルを整備し、朝礼で安全を呼びかけてきた、まぎれもなく「真面目な園長」です。だからこそ問わなければなりません。なぜ、真面目な園ほど最悪の事態に無防備になりうるのか。いいかえれば、『真面目さ』こそが危機管理における最大の盲点となっているのです。

園における『事故防止』という仕組みは、子どもの死亡事故に対して社会からの批判に耐えられず、もう限界に来ています。これからの保育経営に必要なのは、精神論としての安全ではなく、他分野のシビアな知恵を融合させた、冷徹かつ情熱的な『生存戦略』へのパラダイムシフトです。

 

そもそも「危機管理」とは何か

危機管理とは、一言で言えばこうです。

「最悪を想定し、起きる前に備え、起きたときに動ける組織をつくること」

重大事故の発生をあらかじめ想定し、緊急事態に迅速・適切に対処するための手順を事前に決める。そして「知っている」だけでなく、体が動くまで繰り返し訓練する。日常のなかでリスクを常に意識し、保育者全員が「そのとき」に動けるよう組織に根づかせること——これが危機管理の本質です。

研修でこの定義を聞いたことがある園長は多い。しかし「知っているか」と「できるか」は、全く別物です。

 

現場の声を、まず受け取る

リスクマネジメントの研修で、園長からこのような意見を頂戴することがあります。

「危機管理が大切なのはわかる。でも、正直な話、今の保育現場にそんな余裕はない」

この声は、正しいと思います。保育士は毎日、子どもの命と向き合いながら、保育の質を上げることに全力を注いでいます。保護者対応も大変です。職員が足りない、時間が足りない、それでも子どもたちのためにと踏ん張っている。そういう現場に向かって「さらに危機管理もやれ」「リスクマネジメントの体制を構築しろ」と言うのは、あまりに酷に聞こえます。

現場が限界だという声は、悲鳴ではなく、現実です。しかし、だからこそ、管理者に問いたいのです。「現場が限界なら、なおさら、管理者がやるべきことがある」と。

 

危機管理のパラダイムシフト

危機管理に対する考え方を、改めて整理し直すことが大切です。保育園における危機管理では、園長や主任は「事故防止のために現場に指示を出す人」になりがちです。しかし航空業界の教訓である「権威勾配」は、管理者の正論こそがリスクを隠すと警告します。

「園長先生、それは危ないです」と、若い保育士が即座にブレーキをかけられるか——これがポイントです。つまり、危機管理の本質は、マニュアルの完成度ではなく、組織の「風通しの平らさ」にある。この再定義が必要です。

もうひとつ、「事故はすでに起きている」という前提で考えることです。死亡事故につながる小さな事故が繰り返され、対策がとられないうちに、最悪の事態が起こる。「事故ゼロ」を旗印に掲げる園ほど、いざ事が起きた際に機能不全に陥ります。

「今日は事故が起きなかった」ではなく、「今日は起きていたはずの事故を、どの段階で食い止めたか」を検証することが大切です。心肺蘇生の手順、緊急連絡のフロー、保護者対応の初動——これらを日常のルーチンとして組み込んでいるかどうかが、分かれ目です。

 

保育の現場だからこそ、「仕組み」が人を活かす

「航空やIT業界の話をされても、保育は違う」——その感覚はよくわかります。子どもの育ちは、マニュアルで管理できるものではありません。保育士一人ひとりの感性や経験、子どもとの関係性の中にこそ、保育の本質があります。

ただ、他分野の実践から一つだけ紹介させてください。

航空業界では長年、「優秀なパイロットが注意深く操縦すれば事故は防げる」と考えられてきました。しかし大規模な事故の検証を重ねた結果、まったく逆の結論に行き着きます。優秀なパイロットほど、自分の判断を疑わない。その過信が、致命的な見落としを生む。そこで導入されたのが、どれほど熟練したパイロットでも必ず従う「チェックリスト」と、副操縦士が機長に異議を唱えることを義務づける「クルー・リソース・マネジメント」という仕組みです。個人の能力を否定するのではなく、その能力を組織全体で支え、補い合う構造をつくること——これが現代の危機管理の根幹です。

これは保育の現場にも、そのまま重なります。「この時間帯は特に目を離しやすい」「この場所はヒヤリとしたことがある」——そうした現場の感覚を、ベテランの頭の中だけに留めておかず、チェックリストや申し送りの言葉として園全体で共有する。午睡チェックのダブル確認、水遊び時の役割分担の固定化、「担当が変わっても同じ手順が守られる」仕組みの構築。それは、ベテランの経験を否定することではなく、その経験を園全体の力に変えることです。仕組みは、人を縛るためではなく、人の知恵を守り、活かすためにあります。

また、個人の注意力に頼りすぎないことも重要です。「気をつけて」「意識を高く」という言葉だけでは、事故は防げません。製造業などでは、注意力が散漫になっても事故が起きない「物理的・構造的な仕組み」に投資しています。保育の場でも同様に、「誰が担当しても命だけは助かる環境」を設計すること——それが管理者に課された、真の意味での「管理」です。

 

「何を削るか」——答えは現場にある

リスクマネジメントの話をすると、保育士さんから、こんな意見が返ってくることがあります。

「保育の質を上げろ、行事も充実させろ、書類も書け。その上、さらに『最悪を想定したリスクマネジメント』ですか?私たちの体は一つしかありません。今の人数で『完璧な見守り』を求めること自体が、すでに現場への無理強いではないでしょうか。現場は厳しいのです。」

この声は、まったくもって正直な現実です。だから、あえていらない業務を削っていくことが大切です。もちろん、記録、保護者対応、会議、行事の準備——どれも必要だからこそ存在していることは承知しています。現場を知らずに「それを削れ」と言うのは無責任に聞こえるかもしれません。

ただ、少し視点を変えて考えてみてください。危機管理の実践は、「新しい業務を増やすこと」ではなく、「今やっていることの『やり方』を揃えること」です。

たとえば、毎日の午睡チェックの記録。「書いている」けれど、確認の仕方は人によってバラバラ——という園は少なくありません。記録という業務は増やさず、確認の手順だけを統一する。それだけで、見落としのリスクは大きく下がります。業務を足すのではなく、やり方を揃える——これが、現場の負担を増やさない危機管理の入口です。

大切なのは、園長が子ども家庭庁の事故防止ガイドラインにもとづいて事故防止の方法を一方的に決めるのではなく、職員と一緒に「今の手順で本当に大丈夫か」を問い直す場をつくることです。来週の職員会議でこう聞いてみてください。

「『ヒヤリ、ドキッとしたこと』、最近ありませんか。子どもの命を守ることを最優先するには、どうしたらよいですか」

この問いから始まる対話が、現場と管理者が一緒に安全を考える第一歩になります。

 

万が一のとき、現場の先生を守れるか

最後に、もう一つの視点をお伝えします。

万が一、死亡事故が起きたとき——その場にいた職員は深い罪悪感に苛まれ、人生が壊れてしまうことがあります。医療の世界ではこれを「セカンド・ヴィクティム(第2の犠牲者)」と呼びます。

「あなたのせいではない、仕組みの不備だった」——園長が裁判でも、世間に対しても、それを言い切れる準備があるかどうか。その覚悟があってはじめて、職員は隠蔽をせず、共にリスクと向き合えるようになります。

危機管理体制を整えることは、子どもを守ると同時に、現場の先生を守るための、管理者にできる最大の仕事です。

 

明日、一つだけ変える

難しいことはいりません。明日の朝礼でこう問いかけてみてください。

「今日もし何か気になることがあったら、すぐに私に言ってください。あなたの直感を、私は必ず受け取ります」

その一言が、組織の風通しを変えます。覚悟を持った管理者の存在そのものが、現場の心理的安全をつくり、最高の事故防止策になるのです。